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生田斗真、異色のジャニーズ俳優として輝く“引き出しの多さ”と“座長力”

映画「土竜の唄 FINAL」で主演を務める生田斗真さん。ジャニーズ事務所の中でも異色のキャリアを歩んできたこれまでを振り返り、その魅力に迫ります。

ジャニーズ事務所(2020年5月、時事通信フォト)
ジャニーズ事務所(2020年5月、時事通信フォト)

 生田斗真さんの主演映画「土竜の唄 FINAL」が公開中です。今作がシリーズ3作目で、完結編。彼にとって、代表作の一つと言えます。

 生田さんの所属はジャニーズ事務所。木村拓哉さんをはじめ、岡田准一さんや二宮和也さん、松本潤さんといった主演クラスの俳優を数多く輩出しています。ただ、そんなジャニーズ俳優の中にあって、生田さんは異色の存在です。

 SMAPやV6、嵐といったグループの一員として歌手デビューし、そこでの人気も生かしながら役者としての腕を磨くというわけではなく、もっぱら、芝居に専念しながらここまできました。

役者としての“引き出しの多さ”

 11月17日放送の「TOKIOカケル」(フジテレビ系)では、ナインティナインの岡村隆史さんから、「歌えない、踊れない」とちゃかされる場面も。生田さんは「歌えるし、踊れる、けどやらない」と返し、笑いを誘っていたものです。

 しかし、歌手デビュー組に入れなかったのはやはり残念だったとか。3年前に出演した同番組では、そこから気持ちを切り替えた経緯を語りました。芸能活動を続けるかどうか迷っていた高校時代、劇団☆新感線の舞台に出演して、芝居の魅力を改めて実感し、「CDデビューせずに、昔の仲間たちと渡り合える人間になりたいっていうふうに変わっていった」そうです。

 ではなぜ、生田さんは「渡り合える」ようになれたのでしょうか。その理由として挙げたいのはまず、役者としての“引き出しの多さ”です。

 アクションにサスペンス、コメディー、恋愛、さまざまなタイプの作品をこなし、その中にはいわゆる文芸大作も含まれています。なにせ、映画デビューを飾ったのは「人間失格」(2010年)の主演でしたし、その翌年には「源氏物語 千年の謎」で主人公の光源氏を演じました。

「源氏物語 千年の謎」の監督はテレビドラマに長く携わり、鬼才とうたわれた鶴橋康夫さん。パンフレットの中で、生田さんのアイデアに応える「瞬発力」を高く評価しています。「彼は僕が話したこと、耳元でささやいたことを全部覚えている」「一度撮ったらクセになる役者さんですね」と言うのです。

 2015年の主演映画「予告犯」で監督を務めた中村義洋さんもパンフレットの中で、こんな指摘をしています。「こちらがやってほしいと思う作業」「こんなこと、普通はできないだろうという演技的課題を軽々とクリアしてしまう」として、その“懐の深さ”に驚かされたそうです。

 なお、「予告犯」で演じたのは、謎めいた犯行グループのリーダーで、行動を共にする仲間の役には鈴木亮平さんや濱田岳さんがいました。これに対抗する警察側の役には戸田恵梨香さんや坂口健太郎さん。ヒロイン的な立ち位置で小松菜奈さんも出ていましたし、さらに、窪田正孝さん、田中圭さん、滝藤賢一さんといった、そうそうたる面々が顔をそろえた豪華な作品でした。

 その主役、すなわち座長を務めるには、全体をまとめる器量の大きさが求められます。生田さんは映画でもドラマでも主演が多く、それはこの“座長力”が信頼されているからでもあるでしょう。そのあたりもまた、「異色のジャニーズ俳優」として成功できた理由です。

ジャニーズの歴史において重要な一人

 そこにはおそらく、キャリアの長さも役立っています。ジャニーズに入所したのは11歳のときで、その直後に「天才てれびくん」(NHK・Eテレ)のレギュラーが決まり、2年間出演しました。

 入所の翌年には、NHK連続テレビ小説「あぐり」で俳優デビューし、ヒロインの息子の少年時代を演じました。ルックスも演技力も高く評価され、新聞には「第2のキムタク」などと書かれたほどです。

「予告犯」のパンフレットでは、この映画でデビューした福山康平さん(当時17歳)が生田さんとのエピソードを明かしています。肩に手を置き、「頑張ろうな」と言われたり、「役者の心得」を教わったりしたとか。

 生田さん自身、「先輩にいろいろなことを教えてもらった」ことから、「自然と応援したいという気持ちになった」と語っています。キャリアの長さが面倒見の良さにつながっているわけです。

 また、キャリアの長さは、俳優仲間から一目置かれることにもつながります。自分がデビューする前から芸能界で活躍していることが敬意を生むのです。

 しかも、生田さんがいた時期のジャニーズJr.は絶頂期を迎えていました。現在は事務所の副社長である滝沢秀明さんが司会を務めたJr.の冠番組「8時だJ」(テレビ朝日系)がゴールデンタイムに放送されていたほどです。

 その中にあって、生田さんは山下智久さん、風間俊介さん、長谷川純さんと共にJr.内ユニット・Four Topsを結成。そのまま歌手デビューしてもおかしくない人気を誇っていました。つまり、滝沢さん以降のジャニーズの歴史においても重要な一人なのです。

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宝泉薫(ほうせん・かおる)

作家、芸能評論家

1964年岐阜県生まれ。岩手県在住。早大除籍後「よい子の歌謡曲」「週刊明星」「宝島30」「噂の真相」「サイゾー」などに執筆する。近著に「平成の死 追悼は生きる糧」(KKベストセラーズ)、「平成『一発屋』見聞録」(言視舎)、「あのアイドルがなぜヌードに」(文春ムック)など。

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