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なぜ今? 企業や経済団体は嘆きも…コロナ禍で「最低賃金28円上げ」は妥当?

コロナ禍で「最低賃金」の引き上げが決定されたことで、今後、どのような影響が考えられるのでしょうか。専門家に聞きました。

中央最低賃金審議会の小委員会(2021年7月、時事)
中央最低賃金審議会の小委員会(2021年7月、時事)

 新型コロナウイルスの流行以降、多くの企業の経営が悪化する中、厚生労働省の中央最低賃金審議会の小委員会は7月14日、2021年度の最低賃金をすべての都道府県で28円引き上げ、全国平均で時給930円とする目安を示しました。

 この目安に対して、企業関係者からは「なぜ今なのか?」と嘆きの声が聞かれるほか、日本商工会議所と全国商工会連合会、全国中小企業団体中央会の3団体は「到底納得できるものではない」「雇用に深刻な影響が出る」などとコメントを発表しています。一方、ネット上では「中小企業にはきつい」「28円ごときの賃上げで被害者面なんて思い上がりだ」「賃金を本気で上げなきゃいけない時期にきている」などの意見が寄せられています。

 コロナ禍での最低賃金引き上げの目安は妥当だったのでしょうか。今回の目安の影響について、経営コンサルタントの大庭真一郎さんに聞きました。

企業に生産性向上促す

Q.そもそも、最低賃金とはどのようなものなのでしょうか。

大庭さん「憲法25条で『すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』『国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上および増進に努めなければならない』と定められています。この条文にのっとり、労働者に対して、国が定めた最低賃金額以上の賃金を得ることを保障する根拠となる法律として、最低賃金法が適用されているのです。

最低賃金額は都道府県ごと、ならびに特定の産業に対して定められており、最低賃金額の定めがある産業に属する事業主の場合は、都道府県と産業のうち、金額が高い方の最低賃金額が適用されます。最低賃金法により、事業主は正社員やパート、アルバイトなど雇用の形態や呼称にかかわらず、全ての労働者に対して、最低賃金額以上の賃金を支払うことが義務付けられています。

ただし、(1)心身の障害により、著しく労働能力の低い者(2)試用期間中の者(3)職業訓練期間中の者(4)軽易な業務に従事する者――のような、最低賃金を一律に適用するとかえって、雇用の機会を狭める可能性がある労働者に対しては、事業主が都道府県労働局長の許可を得た場合に限り、最低賃金額を減額できます」

Q.事業主が最低賃金額以上の賃金を支払わなかった場合、どうなるのでしょうか。

大庭さん「最低賃金法違反として、罰則が適用されます。都道府県ごとの最低賃金額を下回った場合は50万円以下の罰金、特定の産業に対する最低賃金額を下回った場合は30万円以下の罰金がそれぞれ科されます。しかも、罰金を支払ったらそれで終わりというわけではなく、最低賃金額を下回っていた過去の支払賃金に対して、最低賃金額との差額の支払いも必要です。

たとえ、事業主と労働者との間で、最低賃金額を下回る賃金の支払いに合意していた場合でも、その合意は無効となり、事業主は先述のように罰金が科されるほか、労働者に対して、最低賃金額との差額を支払わなければなりません」

Q.最低賃金の引き上げは、事業者や労働者にどのような影響を与えるのでしょうか。

大庭さん「例えば、パートやアルバイトなど、最低賃金額に近い賃金で雇用する労働者(非正規雇用者)が雇用の中心となっている事業者にとって、最低賃金の引き上げは経営に甚大なダメージを与えます。最低賃金額の上昇と連動して、賃金の引き上げを行うことでコストが増加し、その分、利益が目減りしてしまうからです。

そのため、こうした事業者も含め、コロナ禍で苦しい経営を強いられている企業が今後、労働時間や雇用人数の削減などの雇用調整を行う可能性は否定できません。その場合、労働者側の所得の減少や失業などの悪影響が生じます。

一方、最低賃金額の引き上げを機に『人材の定着化』につなげようとする企業も出てくるでしょう。例えば、従業員の働きぶりを評価した上で、自主的に最低賃金額を上回る賃金額を支給すれば、現場を支えるパートやアルバイトのモチベーションが上がり、彼らの能力向上にもつながります。そのような形で人材がうまく定着すれば、現場業務の改善や事業の付加価値向上が実現し、従業員にとっては将来に希望が持てる状況となるでしょう。

さらに、こうした企業が雇用の受け皿となることで、衰退する企業から成長する企業への労働移動も実現します。こうした観点から、私は、最低賃金の引き上げが将来に向かって、よい影響を及ぼすことも期待できるのではないかと考えています」

Q.賃金を引き上げた後も経営を維持するには、どのような対策が必要なのでしょうか。

大庭さん「最も効果的な対策は生産性を向上することです。生産性向上とは、業務の仕組みやプロセスを見直すことにより、例えば、今まで10人が100時間で対応していた業務を8人が80時間で対応できるようにするといったように、業務の効率性を高めることを指します。生産性向上により、総労働時間が減少し、残業代を含めた総人件費を減らせることで、賃金引き上げによるダメージを吸収できます。

さらに、生産性を向上させたことで捻出した労働時間を事業の付加価値向上に費やすことで、収益性が向上し、さらなる賃金引き上げの原資を獲得することも可能となります。このような発想で、賃金引き上げ後の経営の維持発展を図ろうとする考え方がこれからの企業に求められることです」

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大庭真一郎(おおば・しんいちろう)

中小企業診断士、社会保険労務士

東京都出身。東京理科大学卒業後、企業勤務を経て、1995年4月に大庭経営労務相談所を設立。「支援企業のペースで共に行動を」をモットーに、関西地区を中心に企業に対する経営支援業務を展開。支援実績多数。以下のポリシーを持って、中堅・中小企業に対する支援を行っている。(1)相談企業の実情、特性に配慮した上で、相談企業のペースで改革を進めること(2)相談企業が主体的に実践できる環境をつくりながら、改革を進めること(3)従業員の理解や協力を得られるように改革を進めること(4)相談企業に対して、理論より行動重視という考えに基づき、レスポンスを早めること。大庭経営労務相談所(https://ooba-keieiroumu.jimdo.com/)。

コメント

1件のコメント

  1. そもそも、長引くデフレ不況で需要が減っているのに、最低賃金だけを上げては企業の経営を圧迫するだけです。
    政府がデフレ脱却のための財政出動をせず、企業のみに負担を強いるのは無責任この上ないです。