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「花見」はいつから「宴会」になったのか 自粛ムードの今年、楽しみ方は?

江戸時代には庶民の楽しみに

Q.貴族や武士が楽しんでいた花見が庶民にも広がったのは、いつごろでしょうか。

齊木さん「江戸時代になると、庶民も春の行楽として酒を酌み交わし、花見を楽しむようになりました。

これは、3代将軍・徳川家光が上野や隅田河畔に桜を植樹させたことや、1720年に8代将軍の徳川吉宗が浅草(隅田川堤)や飛鳥(あすか)山(現在の東京都北区)に大規模な桜の植樹を行い、庶民が桜を楽しむ場所を提供したことがきっかけといわれています。

また、江戸時代は園芸が盛んになった時代でもあり、桜の品種改良が進んだことで、身近な場所で花見が楽しめるようになったのです。春の行楽として花見が庶民の間にも広がりました」

Q.花見は防災の意味もある、と聞いたことがあります。

齊木さん「花見の意味は観賞のほか、『土手の花見』というものがあります。

江戸時代は大雨が降ると川が氾濫しやすく、土手が決壊することもしばしばありました。インフラが整っていない時代に川の氾濫を防ぐため、川沿いに桜の木を多く植えました。これは、毎年多くの人が花見に訪れ、自然とその土手を踏み固めてくれるに違いないという先人の知恵であり、吉宗の植樹も防災の意味があったといわれています。

花見には、冬に土中の氷結で緩んだ堤防を踏み固め、梅雨の増水に備えることを目的とした『防災』の意味もあります。花見という、誰しも心が浮き立つイベントと災害に対する備えを上手に組み合わせた巧みなアイデアで、古くから災害と共に生きる知恵を蓄積してきた日本人の防災文化の好例といえます」

Q.今年は桜にまつわるイベントが中止されたり、宴会自粛が呼び掛けたりされています。「花見」はどう楽しめばよいのでしょうか。

齊木さん「花見の『原点』に戻って、奈良時代や平安時代の貴族のように、静かに桜を観賞してはいかがでしょうか。歌を詠む必要はありませんが、美しい花の下で、しばし思索にふけってみるのもいいでしょう。

また、桜が散り始める時期になったら、『おうち花見』はいかがでしょう。一輪でも桜があると、家の雰囲気はがらりと変わります。散った花を4~5輪集め、透明のグラスに水を張り、花を散らすだけで季節感のあるインテリアになります。

夜には照明を暗くして、キャンドルや間接照明で桜を映し出すと、夜桜の雰囲気も味わえます。お花見弁当や桜のスイーツを持ち帰って楽しむのも一つの手段です。

このような制限が多いときこそ、生活の知恵を育む機会かと思います。先人にならい、どのようにしたら自分自身が一番季節感を楽しめるか考えてみるのもよいでしょう。日本人として四季のありがたみを感じ、日本独自の文化を見直すきっかけになるかもしれません」

(オトナンサー編集部)

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齊木由香(さいき・ゆか)

日本礼法教授、和文化研究家、着付師

旧酒蔵家出身で、幼少期から「新年のあいさつ」などの年間行事で和装を着用し、着物に親しむ。大妻女子大学で着物を生地から製作するなど、日本文化における衣食住について研究。2002年に芸能プロダクションによる約4000人のオーディションを勝ち抜き、テレビドラマやCM、映画などに多数出演。ドラマで和装を着用した経験を生かし“魅せる着物”を提案する。保有資格は「民族衣装文化普及協会認定着物着付師範」「日本礼法教授」「食生活アドバイザー」「秘書検定1級」「英語検定2級」など。オフィシャルブログ(http://ameblo.jp/yukasaiki)。

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