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「息子の前で犯人を撃てるか」…警察官の拳銃、発砲 警視庁元捜査官の“葛藤”

凶悪事件が起きた際に、テレビのニュースや新聞、ウェブメディアなどで警察官が銃を発砲したなどと見聞きすることがあります。“強行犯係”に従事した稲村悠さんが、実体験をもとに警察官の拳銃の発砲についての思いを語ってくれました。

警察官の拳銃の発砲の判断は…
警察官の拳銃の発砲の判断は…

 凶悪事件が起きた際に、テレビのニュースや新聞、ウェブメディアなどで警察官が銃を発砲したなどと見聞きすることがあります。そこで殺人、強盗、傷害、脅迫、誘拐などの「強行犯捜査」を担当する“強行犯係”に従事した経験もある日本カウンターインテリジェンス協会代表理事の稲村悠さんが、実体験をもとに警察官の拳銃の発砲についての思いを語ってくれました。

刑事や警察官が拳銃を発砲すると…

 警察官は、警察法施行令(昭和29年政令第151号)第13条の規定に基づいた『警察官等拳銃使用及び取扱い規範』を遵守しなければいけません。拳銃使用の際には以下の5つの段階を踏むよう規定されています。

(A)拳銃の取り出し
(B)相手に向け構える(ここから“使用“とされます)
(C)射撃予告(事態が急迫している場合、相手の違法行為を誘発する場合などは不要)
(D)威嚇射撃(事態が急迫している場合、威嚇射撃によって相手が違法行為を中止しないと認める場合などは不要)
(E)相手への射撃(警察官は、相手に向けて拳銃を撃つことができる。規定により拳銃を撃つときは、相手以外の者に危害を及ぼし、または損害を与えないよう、事態の急迫の程度、周囲の状況その他の事情に応じ、必要な注意を払わなければならないなど)
※状況に応じた多くの要件があるため、詳細は警察官等拳銃使用及び取扱い規範を確認してください。

 また、警察官職務執行法では、相手に危害を与える態様で拳銃を使用して良い要件は、
(1)正当防衛または緊急避難に該当する場合
(2)死刑または無期もしくは長期3年以上の懲役もしくは禁錮にあたる兇悪な罪の現行犯
人などが警察官による逮捕などから逃れるために抵抗している場合
(3)逮捕状による逮捕や勾引状・勾留状の執行から逃れるために抵抗している場合

の3つとなります。

 さらに、拳銃を使用した際は、適正に使用されたかを検証すべく、警察官等拳銃使用及び取扱い規範には以下の内容が規定されています。
「第10条 警察官は、拳銃を撃つたとき(盲発したときを含む。)は、直ちに、次の各号に掲げる事項(人に危害を与えていない場合は、第1号、第2号及び第4号に掲げる事項)を所属長に報告しなければならない。ただし、訓練の場合は、この限りでない」
(1)使用の日時及び場所
(2)使用者の所属、官職及び氏名
(3)危害の内容及び程度
(4)使用の理由及び状況
(5)事案に対する処置
(6)その他参考事項(使用した拳銃の名称、型式、口径、銃身長及び番号を含む)

 以上のように、拳銃の使用については細かく規定されています。

現場での発砲の判断は難しい

 拳銃の使用について説明しましたが、例えば、被疑者がナイフで乗用車を強奪し、逃走の上、現場に駆け付けた警察官Aを一緒に駆け付けた警察官Bの目の前で刺した事件が発生したとします。Bは、即座に背を向け逃走した被疑者に対し、背中に向け発砲した場合、この拳銃の使用は適正でしょうか。

 逃走し背中を向ける被疑者に対し、「正当防衛または緊急避難に該当する場合」が成立するでしょうか。「相手に向け構える」の“逃れるために抵抗している場合”に当たるでしょうか。

 現場の警察官に求められる判断は非常に難しいものになっています。

 私自身、複数の警察官が臨場した上で周囲近くには通行人などの第三者はいない状況の中、目の前で包丁を振り回す被疑者に対し、拳銃を取り出すべきか僅かな時間でしたが相当迷ってしまった経験があります。

 なぜなら、警察官側の背後はるか後方で別の警察官が被疑者の息子を保護していたのですが…。
▽被疑者の息子の前で撃てるか
▽撃って死なせた場合に被疑者の息子はどう思うか
▽そもそも撃った弾が跳ねて(跳弾)、現場から離れた第三者に当たる可能性はないか

など、さまざまな考えが交錯しました。

 冷静に振り返れば、少なくとも拳銃を取り出し、構える、までは速やかに行うべきでしたが、私は迷ってしまいできませんでした。

 この事件では、被疑者の息子はすぐにパトカー内に保護し移動させた上で、やや落ち着きを取り戻した被疑者を説得したのですが、“迷った時間“の間に、包丁で切りつけられての受傷も容易に想定されたので、私の“迷った判断”は適正ではなかったと言えます。

 ちなみに、この際に拳銃使用に際した状況の報告など実務的な事後処理は一切頭によぎりません。人の命が関わる現場ではそのような余裕は一切ないのです。

 このような事案は、実務上滅多にないというわけではありません。

 よくニュースで警察官が被疑者に拳銃を使用した事件で適正に使用されたかという論調の報道がなされます。また、報道に対し、すぐ撃てばいいじゃないかという意見も聞かれます。

 まず、拳銃の使用に際し、適正に使用されたかという検証は絶対に必要です。

 そして、拳銃の使用は厳格に規定されており、さまざまな要件がある中で、現場の警察官は前述のような困難な判断を「自身と相手、周囲の方の命」をかけて即座に行っているという事実を皆さんにぜひ知っていただきたいと思います。

 私は、現場の警察官が委縮することなく“適正”に“正当”に使用するための社会の認識が必要だと考えます。

 昨今、凶悪な事件が多く発生しており、社会の不安は大きくなっています。警察官が拳銃を使用するような事件がなくなるよう、平和な日常を願うばかりです。

(オトナンサー編集部)

稲村悠(いなむら・ゆう)

日本カウンターインテリジェンス協会代表理事/国際政治・外交安保オンラインアカデミー「OASIS」フェロー

 警視庁元警部補。警察学校を首席で卒業し、同期生で最も早く警部補に昇任。警視庁公安部外事課の元公安部捜査官として、カウンターインテリジェンス(スパイ対策)の最前線で多くの諜報活動捜査及び情報収集に従事、警視総監賞など多数を受賞。退職後は金融機関社内調査や調査委員会による不正調査従事を経て、経済安全保障や地政学対応コンサル、諜報活動対策支援や研修、安全保障・危機管理講師などで活躍中。多数のテレビ番組に出演しているほか、メディアで寄稿も行っている。著書「元公安捜査官が教える『本音』『嘘』『秘密』を引き出す技術」(WAVE出版)がある。

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