企業の6割は赤字、税制優遇は効果薄? そもそも、赤字でなぜ経営続けられる?
賃上げする企業への税制優遇策を巡り、「日本企業の6割は赤字なので効果は限られる」との指摘が出ています。そもそも、赤字なのになぜ、経営が続けられるのでしょうか。
賃金上昇による経済成長を狙って、与党は賃上げする企業への税制優遇策を打ち出しましたが、「日本企業の6割は赤字なので効果は限られる」との指摘が出ています。長年、赤字を続ける企業もあるようですが、そもそも、赤字なのになぜ、経営が続けられるのでしょうか。今回の施策は効果があるのでしょうか。経営コンサルタントの大庭真一郎さんに聞きました。
融資や社長の資産で資金繰り
Q.そもそも、企業が赤字というのはどういう状態のことをいうのでしょうか。実際に「日本の企業の6割は赤字」なのでしょうか。
大庭さん「赤字というのは『収入よりも支出が上回った状態』のことをいいます。具体的には、決算書(損益計算書)における最終利益がマイナスになるということです。
売り上げから、原価や経費を引いた残りが本業のもうけを表す営業利益です。法人の損益計算書では、そこから、金利や配当金などの金融収支や、本業とは関係のない資産などの売却損益を加減した数字が最終利益となり、その部分に対して税金がかかるのですが、赤字ということは、税金の対象となる利益が存在しないということです。
近年では、全国の法人のうち、3分の2が赤字の状態です。国税庁が公表した2019年度のデータ(国税庁統計法人税表)では、法人の赤字の割合が65.4%という結果になっています」
Q.長年、赤字の企業もあると聞きます。事実でしょうか。
大庭さん「事実です。実質的にもうかってはいるものの、利益率の小さな企業の場合、合法的なやり方で徹底した節税対応を行い、決算書(損益計算書)上の利益が発生しないようにし続けている企業も世の中には存在します。むろん、市場環境の変化についていくことができずに長年、赤字を続けてしまっている企業も存在します。このような企業の大半は存続の危機に立たされています」
Q.長年赤字でなぜ、経営が続けられるのでしょうか。
大庭さん「決算が赤字続きであったとしても資金が回転していれば、経営を続けることは可能です。そうなる理由として、次のようなことがあります。
(1)金融機関からの融資により、資金が得られる
(2)経営者からの貸し付けにより、資金が得られる
(3)減価償却が大きいことで資金が回転する
将来の事業に対する見通しがよい、融資に対する担保や保証の能力が高いなどの理由で、企業に対する金融機関からの評価が高かった場合、赤字であっても融資を受けることは可能です。また、企業自体は赤字が続いている場合でも、経営者(社長)個人の資産が豊富で、経営者(社長)個人からの貸し付けで企業が資金を得て、経営を続けているケースも存在します。
減価償却とは、設備などの購入費用を翌年以降の何年かに分けて費用化していく会計上のルールのことです。これに関して、まれなことではありますが、企業が大規模な設備投資を行った翌年以降、決算書上では多額の費用が計上されているにもかかわらず、現実の費用の発生がないことで、決算書上の赤字が続いているのに資金は回転し、経営を続けていけるケースも存在します」
Q.赤字であることのメリット、デメリットを教えてください。
大庭さん「企業活動の目的は正当な利潤を獲得することです。赤字であるということは、利潤を獲得できなかったということなので、企業にとって、よい結果ではないのですが、結果論として、以下のようなメリットが生じます。
(1)法人税や所得税を支払わなくてもよい
(2)赤字分を翌年以降の決算に繰り越すことで節税効果が生じる
(3)前の年に支払った法人税や所得税を還付してもらえる
(4)事業後継者等への株式譲渡がしやすくなる
(2)に関しては、法人税は最大10年間、青色申告を行っている場合の所得税は最大3年間繰り越すことが可能であり、翌年以降に利益が発生した場合、繰り越した赤字部分と相殺することで税金が少なくなります。(4)に関しては、赤字が発生することで企業の資産価格が低下し、それにより、株式評価額も低下するため、事業後継者等への株式譲渡を行う場合の費用負担が軽減されます。
半面、次のようなデメリットも生じます。
(1)企業の評価が低くなることで、金融機関からの融資が受けづらくなる
(2)企業の評価が低くなることで、株式市場からの資金調達がやりづらくなる
(3)資金繰りが苦しくなることで、倒産のリスクが発生する」
Q.「日本は赤字企業が多いので、今回の税制優遇策による賃金上昇効果は限られる」との声があります。見解をお聞かせください。
大庭さん「『赤字企業が多いので…』という見方は今回の税制優遇策が黒字企業を対象にしているため、赤字企業には恩恵がないからということでしょう。しかし、賃金上昇効果が限られる要因として、もっと本質的な問題があります。政府が要請する賃上げというのは、毎月支給される給与を対象としたものです。労働者の毎月の固定収入が増えることで、消費の拡大が望めるからです。
これに関して、労働法上の規定で、労働者に毎月支給される給与を企業が自由に下げることはできません。給与を下げることは労働条件の不利益変更に該当するため、合理的な理由や労働者の同意が必要とされるからです。そのため、決算結果が黒字か、赤字かに関係なく、企業は賃上げの実施に対して慎重になります。
賃上げを行うということは固定的に発生するコストが増えるということであり、その後、売り上げが増えなかった場合、利益が減り、最悪、赤字に転落してしまうからです。今後も右肩上がりに売り上げが増えていくことが見通せるのであれば、賃上げを行うことに対して抵抗は生じませんが、見通せない場合、一度上げた賃金を下げることは困難なため、慎重にならざるを得ないのです。
世の中の識者と言われる人たちが『税制優遇による賃金上昇効果は限定的である』という見解を口にする理由の本質部分はここにあります。私も、今回の施策の効果に大きな期待は持たない方がよいと思っています」
(オトナンサー編集部)
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