柳楽優弥「日本の爆弾開発学べた」、有村架純「歴史の中にあったことを残さないと…」
映画「太陽の子」主演の柳楽優弥さんと有村架純さんに、役作りや難しかったシーンなどについて聞きました。
映画「太陽の子」で主演を務める俳優の柳楽優弥さんと女優の有村架純さん。同作は、1945年夏、科学者の石村修(柳楽さん)と研究員たちは国の未来のために、原子核爆弾の研究開発を進めています。建物疎開で家を失った朝倉世津(有村さん)は幼なじみの修の家に住むことになり、戦地から修の弟の裕之(三浦春馬さん)が一時帰郷し、3人は久しぶりに再会する…日本の原爆開発を背景に、時代に翻弄(ほんろう)された若者たちの姿を描いた青春ドラマです。
オトナンサー編集部では、柳楽さん、有村さんにインタビューを実施。役作りや難しかったシーンなどについて聞きました。
科学者役、演じるために勉強
Q.脚本を読まれていかがでしたか。
柳楽さん(以下敬称略)「戦時下に懸命に生きた若者たちの青春と、家族を描いているところがすてきで参加したいと思いました。修は科学者の役なので、演じるために勉強しないといけないと思いました」
有村さん(同)「台本を読んで、こんな事実があったことに衝撃を受けました。戦時下ではありますが、若者たちの青春ストーリーで、それぞれどういう気持ちで生きているかが描かれていて面白いと思いました。黒崎博監督とはドラマ『ひよっこ』でもご一緒させていただいて、信頼している監督です。その監督が10年という月日をかけて、熱量を込めてこの企画を持ってきてくれたことに心を動かされて、出たいと思いました」
Q.役作りにしたことはありますか。
柳楽「京都帝国大学の学生で、自分が今まで関わりがない世界の役柄でした。修が研究に没頭していく姿は、俳優が役にのめり込んでいく姿と重なるものがあります。狙った役作りではなく、役のために勉強していたことが役柄にリンクして面白いと思いました」
有村「物語の中で、見てくださる方に一番近い役だと思ったので、寄り添って演じられたらいいなと思いました。当時の戦争を経験された方のインタビュー記事を読み、その中の言葉や感じたことを集めながら作り上げました。物語の中では、戦時中の描写はそんなに多く描かれていないですが、戦時下という厳しい中で生きているということは忘れないようにしていました」
Q.難しかったシーンを教えてください。
柳楽「海のシーンですね。3人の感情が爆発する大切なシーンでした。本番は日の関係で狙っている時間があり、一発撮りをしなければいけなかったので、緊張感があって印象に残っています」
有村「世津が修に戦争が終わったことを伝えるシーンです。描かれていない期間があるので、そこにどう気持ちを持っていくか、難しかったです」
Q.出演されてから、心境の変化はありましたか。
柳楽「心境の変化はたくさんあります。日本で新型爆弾の開発を行っていたことを知らなかったので、作品を通して学んでいきました。映画にはそういう面もあるので、若い世代にも見てもらえたらうれしいです」
有村「私たちも一生忘れない出来事だと思います。戦争を生きた人たちはもっと心に傷があり、昨日のことのようだと思うんですよ。歴史の中にあったということを残さないといけないと思います。未来の話をしている作品なので、未来のために自分たちがどういう行動をしていくか、重要な役割を担わせていただいたなと思いました」
Q.監督と作品について何か話されましたか。
柳楽「黒崎監督は京都大学に通われていたので、役に近づくためにいろいろ質問をしました。研究している青年は親しみやすい主人公ではないかもしれないので、一緒に頑張りましょうとおっしゃっていただきました」
有村「役の共通認識を作っていきました。作品の撮影をしているときは、監督が『もうちょっとたったら、いいのが見られると思う』とおっしゃって、テークを重ねてくださったので、私もいろいろなことを試しながら撮影でき、とても充実した時間でした」
映画「太陽の子」は8月6日から全国公開。
(オトナンサー編集部)
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