オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

飯塚幸三被告「無罪」主張 凶悪事件や明らかな過失でも、正当性主張できる?

凶悪事件や、被告に過失があると大多数の人が認識している事故を起こした場合でも、被告は裁判で自分の正当性を主張してもいいのでしょうか。弁護士に聞きました。

飯塚幸三被告(2019年6月、時事)
飯塚幸三被告(2019年6月、時事)

 旧通産省工業技術院の元院長が乗用車を暴走させ、通行人の母子らを死傷させた「池袋暴走死傷事故」の初公判が10月8日に行われましたが、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死傷)に問われた飯塚幸三被告の発言に批判が殺到しています。「アクセルペダルを踏み続けたことはない」「車の制御システムに何らかの異常が生じたために暴走したと思っている」などと起訴事実を否認し、無罪を主張したためです。

 これを受け、元国会議員でタレントの杉村太蔵さんはテレビ番組で「私たちは民主主義の社会に生きている」「裁判において被告が自分の正当性を主張するのは、基本的人権の中では最も尊重されるべきだ」と発言、ネット上では「正論」「自分の子どもが犠牲になった場合でも同じことを言えるのか」「被害者がまったく救済されない」など賛否の声が寄せられました。

 凶悪事件や、被告に過失があると大多数の人が認識している事故を起こした場合でも、被告は自分の正当性を主張してもいいのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

刑事裁判における被告の権利

Q.そもそも裁判の際、被告は自己の正当性を積極的に主張してもいいのでしょうか。

佐藤さん「刑事裁判において、被告が『自分は無罪である』などと積極的に主張することは当然の権利として認められています。憲法37条3項では、被告の弁護人依頼権を定めています。これは被告が国家権力である検察や裁判所に対して、対等に自己の主張をするためです。また、被告には黙秘権(憲法38条1項、刑事訴訟法311条)があり、自分にとって不利なことを裁判で話す義務はありません。被告は法律上、刑事裁判において自己の正当性を主張する権利が認められているといえます。

例えば、冤罪(えんざい)で訴えられてしまったような場合、積極的に無罪を主張する必要がありますし、証拠上、間違いなく有罪になると思われる場合であっても、被告が無罪の主張をすることもあります。その場合、主張が客観的な証拠と矛盾する、またはあり得ない無罪主張を続けると被告にとって不利益となり得るため、弁護人としては、被告に疑問を投げ掛けたり、主張を続けた場合の見通しを説明したりしますが、最終的には被告本人の判断に従います」

Q.では、被告が積極的に主張すると判決が不利になるケースもあるということでしょうか。

佐藤さん「先述通り、客観的な証拠が存在し、間違いなく有罪になると思われるような事案で、証拠と矛盾するあり得ない無罪主張を続けると被告にとって不利な判決となることがあります。そうすると、裁判で、有罪を前提に量刑を軽くするための主張(情状弁護)をすることができず、また、裁判所が『被告は全く反省していない』と評価する可能性もあり、刑が重くなり得るからです」

Q.飯塚被告が無罪を主張したことについて「弁護士が入れ知恵をしたのでは?」という声もありましたが、罪を認めようとしている被告に、弁護士が無罪を主張するよう提案することはあるのでしょうか。

佐藤さん「まず、飯塚被告のケースですが、弁護人が無罪を主張するようアドバイスしたとは考えにくいです。報道によれば、検察側から『ブレーキを踏んだ跡がない』などの証拠が出ているとのことなので、『アクセルペダルを踏み続けたことはない』『車に何らかの異常が発生したために暴走した』という飯塚被告の言い分が認められる可能性は極めて低く、こうした主張を続けることが被告にとって不利になり得るからです。

弁護人は原則として被告の意思に従います。ただし、被告の利益を考え、無罪を主張する被告に、その主張に固執するデメリットを伝え、被告に再考を促すことはあります。また、まれなケースですが、有罪を主張する被告に、無罪を主張するよう促すこともあり得ます。例えば、証拠を検討した結果、被告が誰かをかばうために『自分がやった』とうそをつき、虚偽の罪を認めようとしているような場合は、真実を話すよう促すことになるでしょう。いずれの場合でも、最終的には被告が判断します」

Q.よく、裁判に関するニュースで「心証が悪くなる」という言葉を聞きますが、裁判官の心証が悪くなると判決で不利になるのでしょうか。その場合、裁判官によって被告に対する受け取り方が違うと考えられますが、心証で判決が左右されることは問題ないのですか。

佐藤さん「『心証』という言葉は一般的には『心に受ける印象』という意味で用いられますが、裁判に関して、心証という言葉が使われた場合、『証拠に基づいて生成される、裁判官の主観的な認識や確信』を意味します。証拠評価や事実認定について、高い専門性を有する裁判官が証拠に基づいて認識、ないし確信したことですから、『心証が悪くなる』のであれば、一般的に判決で不利になります。

日本の裁判は、証拠評価や事実認定を裁判官の自由な判断に委ねる『自由心証主義』を採用しています(刑事訴訟法318条、民事訴訟法247条)。これは複雑な事情が絡み合う裁判において、専門性を有する裁判官の柔軟な判断に任せた方がより、真実の発見につながるからです。法律で『この証拠があれば、必ずこの事実を認定する』などと定め、裁判官の判断を拘束する考え方(法定証拠主義)もありますが、それでは硬直的な判断しかできなくなり、真実から遠ざかる危険が高まるでしょう。

裁判官の心証で判決が左右されるというと『裁判官の捉え方次第になってしまい、主観的過ぎるのではないか』と不安になる人もいるかもしれませんが、裁判官は証拠の評価や事実の認定について高い専門性を有しており、経験則や論理則に基づき判断するため、基本的に裁判の公平性は保たれています」

Q.原告/被告にかかわらず、どのような言動で裁判に応じると裁判官の心証が悪くなるのでしょうか。

佐藤さん「刑事事件であれ、民事事件であれ、証拠に基づかない主張だけをしても有利な心証は形成されにくいです。例えば、飯塚被告のケースでは『車に何らかの異常があり、ブレーキを踏んだのに車が加速してしまった』という証拠を提出しない限り、無罪の主張が認められる可能性は極めて低いといえるでしょう。

審理の結果、仮に飯塚被告の過失が認められ、有罪となった場合、次に量刑が問題になります。裁判官は量刑について判断する際、行為態様や結果だけでなく、被告の反省の程度なども考慮します。裁判の場で自身の過失と向き合わず、反省が見られなければ、裁判官の心証が悪くなる可能性があります」

(オトナンサー編集部)

佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

コメント