ドラマ「相棒」でも…「刑事」と「公安」同じ警察組織なのに 実際も仲が悪いのか、元刑事&公安に聞く
人気刑事ドラマシリーズ「相棒」の序盤で刑事VS公安という対立構造が描かれました。映像作品ではよく見る光景ですが、実際にそのような事実があるのか、元警視庁公安捜査官でありながら刑事と公安の両方の経験がある稲村悠さんに聞いてみました。
10月18日に放送スタートした人気刑事ドラマシリーズ「相棒」(テレビ朝日系)の新作「相棒 season22」。序盤では、同じ警察庁内にいる刑事と“公安”が対立するシーンがあり、ストーリーを盛り立てました。ドラマなどで、よく刑事と“公安”の対立の様子が描かれることがありますが、実際に刑事と“公安”は仲が良くないのでしょうか。元警視庁公安捜査官でありながら刑事と公安の両方の経験がある日本カウンターインテリジェンス協会代表の稲村悠さんに聞いてみました。
それぞれ捜査対象が異なる “フィクサー”のような存在は…
Q.まず、刑事と“公安”の違いを教えてください。
稲村さん「警察組織には、サイバー事犯や風営法に関する捜査などを担う生活安全警察や交通捜査、交通安全活動などを担う交通警察があります。
そして、刑事警察はドラマでもなじみが深く、殺人事件や強盗などの刑事事件を担当する部門をいいます。
公安警察はこれらと並列で、暴力主義を掲げる団体などによる破壊活動やテロ、スパイ活動など、その他国益を侵害する行為を未然に防止し、取り締まる部門を言います。
刑事警察も公安警察もいずれも警察組織の一部であり、担当する職務がそれぞれ異なるのです」
Q.ずばり刑事と公安は仲が悪いのでしょうか?
稲村さん「よく聞かれる質問です。私見になりますが、実際は仲が悪いということはありません。安全安心な日本を実現するためにとられるアプローチがやや異なり、業務の内容や姿勢も大きく違うためそのように言われてしまうのかもしれません。
私は、刑事を経験しながら公安も経験するという珍しい経験があり、両方の立場から相違点を示します。
【目的へのアプローチの違い-安全安心な日本を守るために-】
刑事:目の前の被害者のために、刑事事件の捜査を行います。また、目の前に被害者がいなくとも、日本の治安を脅かす反社会的勢力、不良外国人の取締まりといった組織犯罪対策も含まれます。
公安:国家を守るためにテロや暴力集団・組織、スパイに関する情報を収集し、事件となる前に未然に有事を防止するための捜査活動をします。当然、対象組織の不法行為に対する捜査・事件化も行います。
このように、同じ目的を達成するために「対象となる相手」や「事件捜査/未然に防ぐか」といった点でアプローチが異なる部分があります。
【業務上の違い】
刑事:綿密に証拠を集め、被疑者の検挙に向け昼夜問わず仕事をし、検挙した後も勾留期間を計算して時間に追われる捜査を行い、さらに次の事件が発生し捜査を行うといった具合です。よく刑事ドラマでデスクの上に茶色いボックスが山の様に積まれ、その隙間から会話をするといった風景が描かれていますが、まさにあのままです。抱える事件が多く、次から次へと事件を担当し、捜査していきます。
公安:対象に関する情報を収集します。また、スパイ捜査や対象組織の捜査も行いますが、明確な被害者のための捜査というよりは主に国益のためと考えてよいでしょう。その具体的な手法は公にされておらず、これからも公にすべきではないと考えます。当然法に則って捜査をしており、その手法を公にすることで捜査に大きな支障をきたすためです。
その業務内容は秘匿であり、同じ署の刑事に知らされることも話すこともありません。また、昼夜問わず忙しいというわけではないものの、意外に忙しいのも事実です。しかし、前述の通り、業務内容は他言無用なので、刑事からすれば忙しそうに見えないといった部分もあります。
以上、業務内容に大きな違いがある上に、公安の業務内容は他言無用ですので、刑事からすれば『何をしているか分からない』といったように見えるのです。また、忙しさについても、公安が忙しそうにしていようが、業務内容が分からないため、結局『何をしているか分からない』と映るのかもしれません。
【捜査実務能力の違い】
刑事:捜査のプロです。また常に新しい手口にも触れているので、それを乗り越える捜査技術の習得に努めています。
公安:事件捜査が主とした業務ではないので、刑事と比較するとやや差があるように感じます。
よく刑事からすると公安は事件捜査に弱いと見られます。私自身、公安捜査においてこの観点で刑事的な手法を取り入れればよいのにと思ったこともあります。しかし、これらは業務の違いによる中で必然的であり、互いの業務を理解し、支援し合う関係でいなければならないと考えます。
【所属する人の違い】
刑事:被害者のために怒り、時には被疑者のためにも泣き、正に人情あふれる刑事という印象です。服装も日勤勤務はスーツがメインですが、当番勤務となると多くの資機材(ゴム手袋やカメラなど)を持つ必要があるため、資機材を入れるポケットが多いベストとカーゴパンツに、毛髪が落ちないよう(捜査の観点から)キャップをかぶっている方が多いイメージです。
公安:冷静沈着な方や感情の起伏がない方、とんでもなく人懐っこい方などさまざまな性格の方がいますが、いわばサラリーマンのように見える傾向にあると考えます。服装も日勤勤務はスーツが基本、当番勤務は襟付きのシャツといった形ですが、業務内容によってはその現場に合わせて服装が大きく変わる場合もあります。
このように、互いに違いがある上に公安業務の秘匿性が相まることで、理解が深まり辛い状況にあるのかもしれません。
Q.現役時代の経験で刑事と公安の関係を示すエピソードなどがあったら教えてください。
稲村さん「実際、私は刑事を経た後に公安に配属となったため、刑事時の方から温かい言葉をかけてもらうことや、困難な場面において支えていただいたと記憶しています。
しかし、公安は『情報』が命です。刑事課の方に対し関連する情報を『ください』とお願いする一方で、公安から刑事に対しては『秘匿のため』という理由で情報提供できないケースもあります。
そこであつれきが生まれるケースもありますが、そこはどうやって“恩返し”するかという個々の資質が問われている部分もあるかと思います。私自身恩返ししきれていないこともありましたので、互いに理解し、支援するために関係を日頃から築くことが重要であると考えています。
Q.「相棒」のように、ドラマの世界ではOBがフィクサーのように陰謀めいた存在として描かれることがあります。そのようなことはあるのでしょうか。
稲村さん「公安が組織のために暗躍するといった構図がよく描かれます。まず、そのような事例を認識したことは一度もありません。そもそも、公安という組織自体が他に比べ大きな権力を持つこともなく、あくまで警察の一部組織といった認識です。
一方で、他の部(刑事部や生活安全部など)と事件捜査の担当について住み分けをしている中で、重大事件が発生した場合にどちらが主導するかといった実務的な衝突はあり得ます。
例えば、『オウム真理教』に関連する事件のいくつかでは、そういった実務的な衝突が見られたと言われています。
また、OBの方がまるでフィクサーのようにあたかも自身で何か大きな組織や事案に対処したような誇張された武勇伝がちょくちょく語られていますが、あり得ません。
組織のため、一個人の力でそのようなことは絶対に実現できない上に、強大な権限が与えられることもありません。私自身、国家に関わるような事案に携わったこともありますが、チームとして対応していることであり、私だけの手柄でもありませんのでその認識は忘れてはいけません。
いずれにせよ、公安=秘匿=陰謀として描きやすいのは理解できますし、ドラマの素材としてやはり面白いテーマだなと思いますので、今後も見たいテーマです」
稲村さんは、刑事と公安の関係性について「仲が悪いと感じたことはありませんが、互いに理解し支援し合う関係を深めることでより良い安全・安心な日本が実現される」と考えているということです。続けて「刑事と公安の関係は、警察以外の方からすれば、『何を内輪でやっているんだ』となるでしょう。刑事も公安も手を取り合い、今後も日本の安全・安心を守っていただきたいと願っています」と熱いメッセージも語ってくれました。
(オトナンサー編集部)
コメント