MVPは誰?「カムカムエヴリバディ」100年を描いた壮大な物語を振り返る
NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」が最終回を迎えました。描かれた100年の物語を振り返り、その魅力に筆者が迫ります。

大正から令和までの100年が3世代にわたって描かれた連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」(NHK総合)。
上白石萌音さん演じる和菓子屋の娘・安子を主人公に据えた「安子編」から、安子の娘・るい(深津絵里さん)に焦点を当てた昭和~平成の物語「るい編」、そして、るいの娘・ひなた(川栄李奈さん)の生きざまを描く「ひなた編」で、現代の令和へとつながっていきます。
それぞれの世代を支えた3人のヒロインはもちろんのこと、物語を支えた立役者たちの存在は、決して小さくありません。最終回を迎えた「カムカムエヴリバディ」3世代それぞれの名キャストを振り返ります。
純愛と絶望的な別れ「安子編」
和菓子屋に生まれた安子は、名前の通り、あんこが大好きな女の子に育ちました。生活は決して裕福ではなかったかもしれませんが、和菓子屋「たちばな」の名は商店街の中でも有名。うちのあんこは絶品だ、と胸を張る安子の姿がみずみずしく映ります。
朝ドラ史上初の3人のヒロインにおいて、トップバッターを務めることもあり、上白石さんに対するプレッシャーと期待は大きかったかもしれません。しかし、持ち前の胆力と演技力で、難解なシーンも乗り越えてみせました。
安子編で印象的なシーンとキャストをそれぞれ挙げましょう。
なんと言っても、安子と雉真稔(松村北斗さん)の出会いは忘れられません。有名企業である雉真繊維の長男と、商店街の和菓子屋の娘が出会う…といった展開だけでも、古き良き少女漫画を思い出します。
それに加え、稔の弟は安子と同級生の勇(村上虹郎さん)であり、彼も安子に好意を寄せている、身分違いの恋と三角関係。朝から胸をときめかせ、また切なく思った方も多いのではないでしょうか。
学生である稔が実家に帰省した際に、手土産を買おうとして「たちばな」に寄ったのが、2人の仲を深めるきっかけとなった記念すべきシーン。お互いに思い合い、恋仲となりますが、そんな2人を見て穏やかでいられないのが勇です。
雉真繊維の長男である稔が、安子と一緒になるはずはない。そう考えていたにも関わらず、2人の決意が固いことを悟って焦る心境には、なんとも歯がゆくさせられます。稔と勇がキャッチボールをするシーンも必見。「野球も安子も諦めない」と強い意志を見せた勇の目と表情は印象的です。
お互いに心引かれるも、時代と身分に関係性を左右されるつらさを全身で表現した上白石さんと松村さん。素直になりきれない勇の惑う心を体現した村上さん。安子編の肝となるのは、この「安子と稔の出会い」とそれに伴う「勇の恋心の行方」です。
困難を乗り越え結婚し、一人娘・るいを授かる安子。しかし、稔は戦争に駆り出され、最後には帰らぬ人となります。しばらく雉真家に身を寄せる安子ですが、女手一人で仕事・家事・育児を切り盛りするのは大変なこと。
稔に先立たれた安子は、とある縁から進駐軍将校・ロバート(村雨辰剛さん)と出会いますが、るいは2人で会っている母とロバートを見て「自分は捨てられる、雉真家に取り残される」と勘違いをすることに。なんと安子編は、るいと安子が生き別れてしまう絶望的なラストで終わります。
甘酸っぱい少女漫画のような物語が、一転して救いの見えない殺伐とした展開に。続く「るい編」は、雉真家に残った一人娘・るいが成長し、岡山を出て自活するところからスタートします。
絶望を乗り越えて…「るい編」
岡山の雉真家を出て、大阪のクリーニング店で働き始めた、るい。とある巡り合わせから、ジャズ喫茶でトランペッターをしている大月錠一郎(オダギリジョーさん)、通称「ジョー」と出会います。ルイ・アームストロングの思い出の曲を共通項とし、引かれ合う2人。安子編とは異なり、若者たちの穏やかでオシャレな青春が感じられます。
このまま、るいとジョーの幸せな結婚を見届けることになるかと思いきや…。るい編の終盤には、ジョーがとある病気にかかり、トランペットを吹けなくなる顛末に。絶望したジョーは自殺を図りますが、るいが必死の思いで止め、心機一転「回転焼き屋・大月」を開業することになります。
トランペットが唯一の特技であり稼ぐ手段だったジョー。満足に回転焼きも作れず、家事もできず、お金の勘定や店番もできない、おまけに自転車にも乗れないことが分かり、いろいろな意味でとんでもない男だったことが判明します。それを懸命に支え、回転焼き屋を切り盛りしつつ、授かった子を育てる、るいの強さには頭が下がる思いです。
るいを演じる深津さんの、森の奥にひっそりとたたずむ湖のような、静けさを伴った美しさはあえて述べる必要もありません。加えて、オダギリジョーさんが表現する芯を持った優しさと、ちょっとしたユーモアは、そのまま作品の色に反映されています。
ここではあえて、るい編の序盤に登場した、弁護士の卵・片桐(風間俊介さん)の存在に注目したいと思います。
ジョーと同じタイミングで登場した片桐は、クリーニング店へクレームをつけてきた客から、るいを守ります。それをきっかけに、るいと片桐は映画デートへ向かいますが、吹いた風が、るいの前髪をかき上げ、隠した額の傷があらわになってしまいました(働き詰めで睡眠不足になった安子が、誤って幼いるいにけがをさせてしまったのです)。
せっかくいい雰囲気になっていた片桐とるい。しかし、傷の存在が明らかになったことで、疎遠になってしまいます。
少なくない視聴者が「たったそれだけで、片桐はるいのことを嫌いになってしまうのか?」「片桐の登場シーンの少なさと、彼の存在の意味は?」と疑問に思うことでしょう。
強いて言うなら、片桐は一種のメタファーとしての役割をまっとうしたのかもしれません。自身の額の傷に対し、言葉では表せない記憶と思いを抱く、るい。傷に対して恥ずかしさを覚えている彼女が、実際に「傷を受け入れてくれない男性」と出会うことで、よりその羞恥を強める。
その直後に出会うのが、傷も含めて丸ごと存在を受け入れてくれるジョーなのですから、よりその存在は対比され、浮かび上がることでしょう。
るいとジョーの恋路のために、片桐はなくてはなりませんでした。影の功労者として、覚えておきたい存在です。
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