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「日本沈没」「半沢直樹」「99.9」…香川照之、日曜夜を劇場化させる“怪演力”

TBS系連続ドラマ「日本沈没-希望のひと-」に出演中の香川照之さん。「半沢直樹」「99.9-刑事専門弁護士-」など多くの日曜劇場作品で存在感を放つその背景には“怪演力”があると筆者は分析します。

香川照之さん(2018年9月、時事通信フォト)
香川照之さん(2018年9月、時事通信フォト)

 日曜劇場「日本沈没-希望のひと-」(TBS系)がいよいよフィナーレを迎えます。きょう放送される最終回は2時間スペシャル。日本列島が沈没するという未曽有の危機にどんな希望がもたらされるのか、大いに注目されるところです。

 ドラマの主人公は小栗旬さん演じる環境省の官僚・天海啓示ですが、他にも多くの魅力的なキャラクターが登場しています。中でも、独特の存在感を発揮しているのが香川照之さん演じる地球物理学者・田所雄介でしょう。

物語をこじ開ける力

 プロデューサーの東仲恵吾さんは「田所博士がどれくらいはじけるかということが、このドラマの生命線になっていた」と語っています。そのぶっ飛び具合を自身でハンドリングしてみせることにより、その存在が、ドラマとしてつなげていくと、ものすごい力学を持っていることに脱帽させられたと言うのです。

 第8話でも象徴的な場面がありました。海外への移住で国民を救おうとする政策がうまくいかず、窮地に陥った主人公に田所博士は「海底の波動は、ふさがれた道をこじ開けてでも進んでくる」と指摘し、「君も、こじ開けろ!」と背中を押します。それが主人公に新たな戦略を考えさせ、移住政策が軌道に乗るわけです。

 その迫力あふれる芝居はまさに、プロデューサーの発言を裏付けるもの。さらに言えば、役者としての香川さん自身が「物語をこじ開ける力」を持つことを改めて感じさせました。

 そんな活躍は「日本沈没」だけではありません。土下座シーンが話題になった「半沢直樹」をはじめ、「99.9-刑事専門弁護士-」「小さな巨人」「集団左遷!!」といった日曜劇場の作品で、彼は文字通り、日曜の夜を劇場化するような怪演を見せてきました。

 では、その怪演力はどこから来るのでしょうか。

 香川さんは歌舞伎の名優・市川猿翁さんと宝塚出身の女優・浜木綿子さんの間に生まれました。が、両親の離婚後は母のもとで育ち、歌舞伎界から離れます。東京大学に進み、卒業を機に大河ドラマ「春日局」(NHK総合)でデビューしました。

 その後、30年以上にわたって、ドラマや映画を中心に活動。最近は「THE TIME,」(TBS系)で金曜担当のキャスターも務めています。昆虫やボクシングのマニアでもあり、その博識はテレビ番組のみならず、著述活動でも知られるところです。

 また、2012年には市川中車を襲名して、息子とともに歌舞伎役者としてデビューしました。現在56歳ですが、これほど精力的に活動している役者は若手にもなかなかいないでしょう。

 とまあ、並外れたバイタリティーとともに、2世や東大卒といったさまざまな背景も併せ持つ香川さん。しかし、この背景を考えながら、芝居を見る人は少ないはずです。というのも、そんな背景を忘れさせるほどのインパクトで怪演するからです。

 ただ、その怪演を生み出すのはやはり、バイタリティーと彼自身の背景なのだと思われます。

全てが芝居へと注がれる

 例えば、2009年から2011年にかけて放送されたドラマ「坂の上の雲」(NHK総合)では、15キロ以上の減量による役作りで驚かせました。結核を患い、亡くなる正岡子規を演じる役作りのために「苦しさを経験しないと子規に追いつけない」と考えたそうです。「2階級ぐらい体重が落ちた」とボクサーの減量に例えていましたが、ボクシングへの造詣も生かされていたのでしょう。

 そういう意味では、彼が持つあらゆるものが怪演につながっていると言えます。役者夫婦の息子に生まれた誇りやその後の屈折、東大に入れるほどの頭脳や昆虫を見つめる観察力、40代半ばで歌舞伎の修行を始めた体力とチャレンジ精神、などなど。その全てが芝居へと注がれるのです。

 ちなみに、香川さんは40歳になった頃、「常に一番きつい、100パーセントに向かうことをやると決めた」そうです。前出の減量についても「好きな仕事をやらせてもらっているのだから、これくらいのことはできる」と語っています。芝居をこよなく愛する者が全力を出し尽くして取り組むからこそ、数々の怪演が生まれてきたわけです。

 しかも、彼にはもう一つ、貴重な能力があります。それは「主役を立てる力」です。

 日曜劇場では、今回の小栗さんはもとより、堺雅人さんや松本潤さん、長谷川博己さん、福山雅治さんといった主役と組んできましたが、時に、主役を食うような怪演を見せても、不思議と作品全体のバランスは崩れていません。

 それは、香川さんが主役をサッカーのストライカーになぞらえ、「そいつがいいシュートを打てるように(略)そのボールを出す役割をやっていますから、そういうことが楽しいですね」と言える人だからでしょう。

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宝泉薫(ほうせん・かおる)

作家、芸能評論家

1964年岐阜県生まれ。岩手県在住。早大除籍後「よい子の歌謡曲」「週刊明星」「宝島30」「噂の真相」「サイゾー」などに執筆する。近著に「平成の死 追悼は生きる糧」(KKベストセラーズ)、「平成『一発屋』見聞録」(言視舎)、「あのアイドルがなぜヌードに」(文春ムック)など。

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