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息子がプレゼントを破り出し…自閉症児の母親が「母の日」に複雑な思いを抱くワケ

自閉症の息子を育てる女性ライターが、息子から母の日のプレゼントを受け取る際に遭遇した出来事について、紹介します。

多くの母親にとって、「母の日」は楽しみなイベントだが…(べっこうあめアマミさん作)
多くの母親にとって、「母の日」は楽しみなイベントだが…(べっこうあめアマミさん作)

 ライター、イラストレーターとして活動するべっこうあめアマミさんは、知的障害を伴う自閉症がある8歳の息子と、きょうだい児(障害や病気を持つ兄弟姉妹がいる子ども)の4歳の娘を育てながら、発達障害や障害児育児に関する記事を執筆しています。

 子どもが幼稚園や保育園などで母の日のプレゼントを作り、「いつもありがとう」と言って渡してくれることがあります。本来、母の日は、母親にとってうれしいはずのイベントですが、重い知的障害がある息子を育てているアマミさんにとっては、複雑に思うイベントでもあったそうです。

 今回は、アマミさんが、息子から母の日のプレゼントを受け取る際に遭遇した出来事について、紹介します。

「母の日」の概念が分からない息子

 5月の第2日曜日は、母の日です。日頃の感謝の気持ちを母に伝えようと、店頭でもネット上でも、さまざまなプレゼントが紹介されます。幼稚園や保育園、小学校、習い事などでは、子どもに対して、「お母さんにプレゼントを作ろう」という時間を設けてくれることは多いのではないでしょうか。

 私も幼い頃は、母に向けたプレゼントを作ったり、手紙を書いたりして、母の日に渡した思い出があります。自分が親になったら、「息子からかわいいプレゼントをもらえることがあるかな」などと楽しみにしていたこともありました。

 しかし、息子には重い知的障害を伴う自閉症があるため、「ありがとう」という感謝の気持ちや母の日の概念をよく分かっていないのです。幼少期の息子は、私のことをどれだけ「母」として認識していたのかさえ分かりません。

 息子は幼少期に療育(障害のある子の発達を支援する施設)と幼稚園に通っていたので、私は母の日に「おかあさんありがとう」などと書かれたメッセージカードや工作などを息子から渡されたことがよくありました。こういったプレゼントを子どもから渡されたら、普通だったらうれしくてたまらないと思います。

 しかし、息子は文字を書くどころか、先述のように「ありがとう」という気持ちや母の日の概念を分かっていません。そのため、息子から渡されるプレゼントは「明らかに息子が作っていない」「息子がそう思って作ったものではない」ということが否応なしに分かってしまう物であり、正直なところ、受け取ったときは複雑な気持ちになりました。

 しかし、心の底ではそう思っても、「先生たちの心遣いをありがたく受け取ろう」「もしかしたら息子もそう思ってくれているかもしれない」と思い直し、深く考えないようにしていました。

プレゼントを破り始めた息子にショック

 息子が幼稚園に通っていたときのことです。いつものようにお迎えに行くと、子どもたちがそれぞれ何かを自分の体の後ろに隠しながら現れ、一列に並びました。

 その日は母の日の直前の登園日でした。先生の声掛けを合図に、子どもたちが一斉に自分のお母さんが立っている場所に行き、後ろに隠していた手作りのプレゼントを渡したのです。

 息子はというと、加配の先生(障害のある子や発達の遅れが気になる子を支援する職員)に連れられて、ゆっくりと私の方に歩いてきました。

 しかし、息子はいつもとは違う送迎の流れに戸惑ったのか、落ち着かない様子で、先生から促されてもなかなかプレゼントを渡そうとはしません。私は、息子が持っている「おかあさんありがとう」と書かれた画用紙の制作物を前に、最初はどう対応していいのか戸惑いました。

 とはいえ、私もこのような状況にはいくらか慣れています。息子からプレゼントを受け取ろうと手を伸ばしましたが、そのとき息子は私の目の前で、その制作物を破ろうとしたのです。

 すぐに加配の先生が止めてくれたので、一部は破れましたが、ビリビリにはなりませんでした。しかし、形式上とはいえ、自分が渡そうとしているプレゼントを母の目の前で破ろうとする息子に、私はショックを受けました。「自分が何をさせられているのか」「これが何のプレゼントなのかさえ、息子は分かっていない」と感じました。

 そのように分かっていても、こんなにもあからさまに「形式上のことで、自分の本意ではない」という態度を息子に取られるのは、悲しくもありました。同時に周囲を見渡すと、笑顔でプレゼントの受け渡しをしてほっこりした空気になっている親子たちがいました。私はいたたまれない気持ちになって、張り付いた笑顔で何とか耐えるので精一杯でした。

息子の本心は?

 毎年、母の日がくると、私はいつもぼんやりと考えてしまうことが2つあります。「息子本人が思っていないかもしれない感謝の気持ちを、周囲の大人がお膳立てして作ったプレゼントに意味はあるのか」「話すことができず、文字を書くこともできない息子の、本当の気持ちはどこにあるのだろうか」といったことです。

 私のことを思って「おかあさんありがとう」という制作物を作ってくれた先生たちの気持ちは、ありがたいと思っています。母の日の概念の理解が難しいのも、息子が悪いわけではありません。誰も悪くないし、どうしようもないことで、答えもないことなのだと思います。

 しかし、どうしても私は、本人の気持ちが伴わない感謝のプレゼントに、むなしさを感じてしまうのです。毎年、息子から母の日のプレゼントを受け取ると、「どこまで息子が作ったものなのかな」「息子は私のことを、本当はどう思っているのかな」と考えてしまいます。考えれば考えるほど、正解の対応が分からなくなってしまいます。

 それでも、母の日をはじめとしたさまざまな季節のイベントを、毎年同じように繰り返していくことは、息子がイベントの概念を理解しているかどうかにかかわらず、きっと意味があるのだと思います。

 そうして息子の中で少しずつ概念の理解が進み、いつか息子の口から、彼が思っている本当の気持ちを聞けたなら、私にとってこれほどうれしいことはありません。

(ライター、イラストレーター べっこうあめアマミ)

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べっこうあめアマミ(べっこうあめあまみ)

ライター、イラストレーター

知的障害を伴う自閉症の息子と「きょうだい児」の娘を育てながら、ライター、電子書籍作家として活動。「ママがしんどくて無理をして、子どもが幸せになれるわけがない」という信念のもと、「障害のある子ども」ではなく「障害児のママ」に軸足をおいた発信をツイッター(https://twitter.com/ariorihaberi_im)などの各種SNSで続けている。障害児育児をテーマにした複数の電子書籍を出版し、Amazonランキング1位を獲得するなど多くの障害児家族に読まれている(https://www.amazon.co.jp/dp/B09BRGSY7M/)。「べっこうあめアマミ」というペンネームは、障害という重くなりがちなテーマについて、多くの人に気軽に触れてもらいたいと願い、夫と相談して、あえて軽めの言葉を選んで付けた。

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