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ベストセラー「明治維新という過ち」が決定的に過っているワケ【後編】

筆者は、「明治維新という過ち」「官賊と幕臣たち」などの著者・原田伊織さんを「明治維新=過ち」という歴史観の代表と断じ、その言説が明治維新の意義を覆い隠していると反論します。

山口県萩市に残る、吉田松陰が幕末期に主宰した私塾・松下村塾

 原田さんは、水戸学の国体論に強い影響を与えた崎門学に対しても、一方的な批判を展開しています。その際、原田さんが依拠しているのが、ジャーナリスト・大宅壮一さんによる「実録・天皇記」です。たとえば大宅さんは、桃園天皇に仕え、徳川幕府全盛期に天皇親政回復を願った徳大寺公城(きんむら)らに講義を行った先覚者、竹内式部(竹内敬持)を次のように貶めています。

<式部という男は、驚くべき天才的アジテーターである。(中略)その後天皇株が有史以来の高値を呼んだ明治以後においても、かくまで最大限に天皇をもちあげたものは少ない>

幕府支配は、どこまでいっても「変態」だ

 原田さんにとっては、武家政権や幕府体制が理想的な権力であり、わが国本来の姿なのでしょうか。あるいは、いかなる理想もないのでしょうか。確かに、徳をもって治める王者は、力をもって支配する覇者に勝るという「尊王斥覇(せきは)」の思想は、朱子学が強調してきたものです。ただし、それは天皇親政という、わが国本来の姿を再確認する働きをしたのです。したがって、文中の<「尊王斥覇」という宋でしか当てはまらないものを無理やり我が国に押し込んで当てはめた>という原田さんの解釈は間違っているといえます。

 問われるべきは、わが国本来の姿です。歴史学者の平泉澄はその著書「先哲を仰ぐ」の中で、「藤原氏が摂政、関白となつたこともありますし、武家が幕府を開いたこともありますし、政治は往々にしてその実権下に移りましたけれども、それはどこまでも変態であつて、もし本来を云(い)ひ本質を論じますならば、わが国は天皇の親政をもつて正しいとしたことは明瞭であります」(原文ママ)と明確に書いています。

 さらに原田さんは、日本の歴史の本質を無視するばかりか、国体思想を過激主義、テロリズムと強引に結びつけようとします。こうした思考もまた、「水戸学を突き詰めればテロリズムだ」とした小説家・中村彰彦氏の主張の焼き直しです。

 原田さんは、水戸学派の藤田東湖を「テロを肯定する狂信的な水戸学の大家」と評し、加えて、吉田松陰を徹底的に批判します。松陰は、広範な国体思想を学ぶだけではなく、理想の実現のために挺身した活動家であり、優れた教育者でした。ところが、原田さんは次のように貶めています。

<ひと言でいえば、松陰とは単なる、乱暴者の多い長州人の中でも特に過激な若者の一人に過ぎない。若造といえばいいだろうか。今風にいえば、東京から遠く離れた地方都市の悪ガキといったところで、何度注意しても暴走族を止めないのでしょっ引かれただけの男である。(中略)思想家、教育者などとはほど遠く、それは明治が成立してから山縣有朋などがでっち挙げた虚像である>

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