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吉良上野介による“いじめ説”はウソ!? 「忠臣蔵」刃傷事件めぐる新史料、その意義とは

国民的時代劇の「忠臣蔵」。そのカギとなる、浅野内匠頭が吉良上野介に切りつけたとされる江戸城刃傷事件に関する新しい史料が発見されました。その内容はどんなものだったのでしょうか。


今回発見された「江戸江遣書状留帳」:本願寺史料研究所提供

 時代劇でおなじみの「忠臣蔵」。そのクライマックスである、赤穂浪士による「吉良邸討ち入り」の引き金とされる江戸城刃傷事件に関して、興味深い史料がこのほど、本願寺史料研究所で発見。その意義を同研究所に取材しました。

情報を欲しがっていた西本願寺

 史料は「江戸江遣書状留帳(えどへつかわすしょじょうのとどめちょう)」。吉良家と親交があった西本願寺が築地本願寺に送った手紙の内容を集めたもので、元禄14(1701)年1月20日~15年12月24日の約2年間にわたり、刃傷事件後の吉良上野介の様子や討ち入りへの反応などが記録されています。

 同研究所の大喜直彦上席研究員によると、元禄14年3月14日の刃傷事件後、西本願寺は江戸の関係者らにその原因を探るよう伝令。同年4月5日には「吉良殿、痛みも軽く、食事も相変わらず」という記録も見られます。

 また「(浅野内匠頭の)乱心」などの記述も。西本願寺は「うわさでもいいので詳細が知りたい」と求めるなど、刃傷事件の真相に大きな関心を寄せており、討ち入り事件後は「言語に絶える」などと記していました。

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