オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

「バチェラー」司会・坂東工 俳優、アーティスト、起業家…経歴多彩な男の“素顔”とは

俳優、アーティスト、起業家と多彩な経歴を持ち、恋愛サバイバル「バチェラー・ジャパン」で司会進行役を務める坂東工さん。その素顔とは――。

坂東工さん
坂東工さん

 成功を収めた独身男性(=バチェラー)のパートナーに選ばれるべく、複数の女性たちが競い合う恋愛サバイバル「バチェラー・ジャパン」(Amazon Prime Video)シリーズで、シーズン1から司会進行役を務める俳優の坂東工さん。

 映画「ディパーテッド」「硫黄島からの手紙」などのハリウッド作品に出演したほか、映画「真田十勇士」(2016年)やNHK大河ドラマ「西郷どん」ではレザーアーティストとして衣装を制作。2018年末には、タレントのマネジメントやアーティストの活動を支援する株式会社MORIYAを設立するなど、マルチに活動しています。

 オトナンサー編集部では、多彩な経歴を持つ坂東さんに単独インタビューを実施。その素顔や活動の哲学に迫りました。

物書きになるのを夢見てNYへ

Q.「硫黄島からの手紙」への出演をはじめ、ハリウッド作品で活動されていました。

坂東さん(以下敬称略)「もともと俳優を志していたわけではないんです。物書きになりたくて、日本の大学を卒業してすぐにニューヨークに行きました。でも、結局一行も書けなくて、ただ遊ぶだけの日々を半年くらい続けていたのですが、23歳のときにサンディエゴに移って、それから車でメキシコ、カナダ、アラスカなどを旅しました。約16万キロ、地球4週分走りましたね(笑)道中、趣味で狩りや石の採掘をしていました」

Q.そこから、なぜ俳優になったのでしょうか。

坂東「その後、サンフランシスコに定住しようと思っていたときに、昔付き合っていたダンサーの女性が亡くなっていたことを知りました。宝物だと思って集めていた皮や石をふと目にして、自分はこの1年半、一体何をしていたんだろうと絶望してしまったんです。体を動かさなくては自分が駄目になると思い、ホテルの掲示板で演劇学校の生徒募集の張り紙を偶然見つけたので通うことにしました」

Q.演劇学校での日々は、どのようなものでしたか。

坂東「しっかり英語も話せなかったのですが、1日14時間以上、自分を忘れるほど勉強に没頭しました。学内発表のとき、先生から『もしかしたらお前は芝居の原点を持っているかもしれないから、ニューヨークに帰りなさい』と推薦状を書いてもらって、編入することになったんです。役者としてのスタートはその時から、25歳くらいですね。

芝居が好きかと聞かれると、そういう感情は一切ないんです。それに、技術も実力も何も持っていません。ただ、自分の思いが懸けられる場所を芝居に見いだしただけでした」

Q.ニューヨークに移住してからの生活は。

坂東「お金がないので、午後5時から朝5時までバイトをして、朝9時から学校に行って、授業が終わった昼2~3時ごろにオーディションに行って、またバイトをするという生活を2年ほど続けました。ノーペイなんて当たり前の世界ですから、安い仕事でもガリガリと受けていました。

当時は、カタコトの英語が面白がられていた時代だったこともあり、ある時期からオーディションに受かるようになっていきました。『ニンジャ』『サムライ』『スシ』みたいなことがウケたんですよね。僕は武術を習っていたこともあり、CM出演が決まっていって、かなり稼げるようになったんです」

Q.それまでの苦労が実を結んだのですね。

坂東「でも、CMに出たくらいでは、誰も僕に気付いてくれないんですよ。そこに空虚さを感じて『あれ? おかしいぞ』と思ったんです。

僕が最初に表現というものをインプリンティングされたのは、亡くなったダンサーの彼女で、命を燃やすように踊る女性でした。でも、彼女のように表現できていない自分が許せなくて悔しかったんです。次のチャンスに賭けようと思い、エージェントに『もうCMには出ない』と宣言したのですが、ちょうどその頃、『硫黄島からの手紙』のオーディションに受かったんです」

Q.「硫黄島からの手紙」では、主要キャストでした。その後、帰国されましたが、米国で活動を続けようとは思わなかったのですか。

坂東「『硫黄島からの手紙』という、その世界のトップを経験した後、ニューヨークに戻って、また、CMの仕事を初めたんです。オーディションに受かりやすくなりましたから。エージェントからは契約金を出してもいいとまで言われ、ハリウッドにいた方がベターだったのかもしれません。でも、また同じことを繰り返すのではないかという危機感を感じて、違うキャリアを選ぶことにしたんです。

それに、『硫黄島からの手紙』で日本人俳優と初めて芝居をして、こんなに存在感のある方がいるのかという驚きもありましたから」

1 2 3

コメント