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甲府放火で週刊誌が「実名報道」、現行少年法との関係は? 来年4月に改正法施行

甲府市で起きた事件に関連して逮捕された19歳少年の実名や顔写真を週刊誌が報道しました。来年4月に施行が迫る改正少年法との関係も含め、弁護士に聞きました。

来年4月には実名報道が一部解禁
来年4月には実名報道が一部解禁

 甲府市の民家が全焼し、焼け跡から住民夫妻の遺体が見つかった事件に関連して、傷害容疑で逮捕された少年(19)の実名と顔写真を「週刊新潮」が掲載し、波紋が広がっています。現行の少年法では、20歳未満を「少年」と定義し、氏名や写真を報道することを禁じているためですが、同誌は「犯行の計画性や結果の重大性に鑑み、容疑者が19歳の少年といえども実像に迫る報道を行うことが常識的に妥当と判断した」とのコメントを出しました。

 事態が複雑なのは、改正少年法が来年2022年4月1日に施行され、その後、18歳、19歳のときに犯した事件で起訴された場合、実名報道が認められる点です。もし、甲府の事件で少年が来年4月以降に起訴された場合、新聞社やテレビ局も実名で報道する可能性があるわけです。今回の実名報道について、佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

起訴前の実名報道は禁止

Q.そもそも、少年法が実名報道や顔写真の掲載を禁じている理由について教えてください。

佐藤さん「少年法が実名報道や顔写真の掲載など、本人であると推知(推し量って知ること)できるような報じ方を禁じているのは、本人と分かるような報道がなされると、少年の更生や社会復帰を阻害する恐れが大きいからです。報道の影響で、復学や就職などが困難となり、社会から孤立してしまうと立ち直りが困難になり、再犯に及ぶ可能性も高まるでしょう。

少年は未熟さゆえに、大人になったらしないような過ちを犯すことがあります。一方、少年には柔軟性があり、適切な大人と関わる中で更生する可能性が高く、社会復帰を促すことが大切だと考えられています。そうした考え方が少年法の根底にあります」

Q.2022年4月1日施行の改正少年法で、実名報道についてはどのように変わるのでしょうか。また、その改正の理由は。

佐藤さん「18歳、19歳のときに犯した事件について、起訴された場合(非公開の書面審理で一定額以下の罰金や科料を科す『略式手続き』の場合は除く)、実名報道など、その事件の被告であることを推知させる報道が解禁されます。選挙権が18歳以上の人に与えられるようになり、2022年4月1日以降は民法上の『成人』が18歳以上となることで、18歳、19歳は社会の中で責任ある立場になります。

そこで、18歳、19歳の少年が起訴され、公開の裁判で刑事責任を追及される立場となった場合、社会的な批判や論評の対象になり得ると考えられたためです。ただし、今回の少年法の改正に当たっては、国会の付帯決議において『推知報道禁止の一部解除が、少年の健全育成および更生の妨げとならないよう、十分配慮されなければならない』とされており、改正少年法が施行された後も慎重な配慮が求められています」

Q.今回の週刊新潮の報道について、どのような点が問題なのでしょうか。法律違反だとすれば、罰則はないのでしょうか。

佐藤さん「今回の報道は逮捕された19歳の少年の実名、顔写真、在籍高校名を掲載したもので、本人であると推知できるような報じ方を禁じている現行少年法61条に違反しています。さらに、来年4月1日から施行される改正少年法のもとでも、逮捕段階で実名などを報じることは禁じられたままなので、明らかに違法な報道になります。

しかし、少年法61条違反に対する罰則は定められていませんので、実名報道をしても出版社側が刑事責任を問われることはありません。戦前の旧少年法では罰則があったのですが、戦後、日本国憲法の保障する『表現の自由』との関係で、報道機関の自主的な協力を期待する方向に変わったという経緯があります。

また、民事上の損害賠償責任についても、その責任を否定した裁判例が存在し、少年法に違反して実名報道をしたとしても、報道機関は必ずしも、法的責任を負うわけではありません」

Q.今回の少年も来年4月以降に起訴されると実名報道が可能になります。今の時点で、実名報道を禁じる意味があるのでしょうか。

佐藤さん「改正少年法は来年4月1日に施行され、それ以降に起訴された少年について適用されます。法施行よりも前に罪を犯した場合についても、4月以降に起訴されれば適用対象になります。そのため、今回の少年も仮に4月以降に起訴された場合、実名報道が解禁になりますが、刑事手続きの流れを考えると、今回の少年については4月よりも前に起訴されるのが通常です。そうすると、改正前の少年法のルールが適用され、起訴後も実名報道は禁じられることになります。

出版社側には『いずれ起訴されて、実名報道できるようになるのだから、逮捕段階で名前を出してもいいだろう』という思いがあったのかもしれません。しかし、先述したように、そもそも、改正少年法のもとでも、起訴される前の実名報道は禁じられています。逮捕されたからといって、逆送(検察庁に事件が戻されること)が決まったわけではなく、必ず起訴されるとは限りませんから、まだ、少年を社会的な批判や論評の対象にするべきではないというのが法の考え方です」

Q. 改正少年法が成立し、施行までの過渡期の中で起きた実名報道について、お考えをお願いします。

佐藤さん「『実名報道の解禁』と聞くと、18歳、19歳のときに犯した事件については無条件に何を報じても許されるような誤解がなされることがあります。しかし、少年法の目的や改正された理由などを正確に理解し、法の精神にのっとって報道する姿勢が大切だと思います。

改正少年法が施行された後、報道機関は『正確な情報を発信し、社会で共有することの大切さ』と『18歳、19歳の少年の更生を妨げない配慮』との間でバランスを取りながら、報道していくことが求められていると思います」

(オトナンサー編集部)

佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

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