オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

週休3日制は”夢の制度”か 導入時の「4つの懸念」

就活や転職、企業人事のさまざまな話題について、企業の採用・人事担当として2万人超の面接をしてきた筆者が解説します。

「週休3日」、懸念はない?
「週休3日」、懸念はない?

 欧州各国で週休3日制を試験導入するところが相次いでいます。日本でも2021年の政府基本方針に選択的週休3日制の導入促進・普及が掲げられていることもあり、少数ではありますが、導入を検討したり、希望者向けに導入したりする企業が出ています。

 確かに週に3日休めること自体は理想的ですが、よいことだけでしょうか。ちなみに、日本の平均年間総実労働時間は、この30年間で減っており、労働政策研究・研修機構調査では、1988年の2092時間が2020年には1589時間となっていますが、2020年の米国は1767時間です。年間休日数では、2020年の日本は137.9日となっており、フランスやイタリアの138日とほぼ変わりません。もちろん統計計算の方法が国によって違うので一概に比較できませんが、それでも「日本だけ働き過ぎ」ということはなさそうです。それなのにあえて週休3日制を入れる必要性はあるのでしょうか。導入にあたって、懸念はないのでしょうか。

「週休3日制」の3つのパターン

 そもそも週休3日制と一口に言っても、大きく分けて3つのパターンがあります。1つは「休みが増えて、総労働時間が減り、それに対応して給料も減る」パターンです。日本では、みずほフィナンシャルグループなどが導入しています。2つめは「休みが増えても、1日の労働時間が増えて、給料は維持する」パターンです。ファーストリテイリングなどが導入しています。

 3つめは「休みが増えても、1日の労働時間も同じで、しかも給料は維持する」パターンです。日本マイクロソフトなどはこのパターンです。3つめのパターンであれば働く人から見ればとりあえず文句なしでしょうが、他の2つの選択肢は、人によって良しあしは異なりそうです。

懸念1 給料減? 懸念2 生産性低下の恐れ

 まず、1つめの「休みが増えて、給料も減る」パターンですが、現在の日本では、この30年間で平均年収が約470万円から約430万円と、数十万円も減っている状況です(非正規雇用が増えているという要因もありますが)。

 年収の低下は少子化の一因とも言われており、休むのはよいことだとしても、一方でこれ以上年収が減っていくとなれば、それは本当によいことなのでしょうか。

 また、2つめの「休みは増えるが、1日の労働時間は増える」パターンですが、さまざまな研究において「Less is more(労働時間が減ると生産性が高まる)」という結果が出ています。逆に言えば、1日の労働時間を増やすと、働く人の疲労などによって、生産性が減ってしまい、企業業績も低下するのではないかということです。

懸念3 負荷減で「本当に」生産性が上がるか?

 つまり、同じ週3日制を導入するなら、3つめの「休みを増やすが、1日の労働時間も同じで、給料は維持する」でいくのがベストではないかということです。

 ただ、これは私も経営者の端くれとしてわかるのですが、なかなか簡単には意思決定しにくい選択肢です。休みを減らすのは簡単ですが、これによって「本当に」生産性が上がってくれればよいのですが、もし万一そういう効果が起きなかった場合、単に労働コストは変わらず業績が下がってしまうということになります。

 しかし、一度入れた制度は、労働者にとって改悪になるような場合、なかなか元に戻せません。大きな賭けと言えましょう。

懸念4 向上した生産性を維持できるか

 また、もしその賭けをする意思決定ができて、その上、賭けに勝って、生産性が実際に向上したとしましょう。確かに、人は枠や制約条件があると、その中でなんとか創意工夫しようとしますから、労働時間が減ると、各人がその中で今のミッションをこなそうとアイデアを出すことで、成果を維持でき、その結果、生産性が上がるかもしれません。

 私の経験でも、時短をしていく過程で実際そのような事例が多々見られました。ただ問題は、それが長期間、「本当に」続くのかどうかです。短時間で仕事をこなすための良いアイデアが出る人はよいのですが、そういうアイデアをまだ出せない未成熟な人はどうなるでしょうか。単に『時間切れになって、おしまい』ということだって十分あり得ます。

 特に、週休3日制先進国の欧米が、職業訓練を十分に積んだ人を採用することが多いのと違って、日本は新卒採用で未経験者を大量に採用し、社内で育成を行う雇用慣習が強い国です。まだ十分に職務に必要な能力が身についていない未経験者にとって、「時短の制約で同じ成果を出せ」というのは困難なことです。

 今でも、長時間残業の禁止によって(そのこと自体はよいことですが)、そのような声が多くの企業で聞かれます。さらに休みが増えて本当に大丈夫なのでしょうか。心理学の熟達化研究などをみても、何らかの能力を身につけるには、長期にわたる反復によって処理の自動化が起こることが必要だとされています。つまり、一定の時間をかけなければ、能力はなかなか身につかないということです。

1 2 3

曽和利光(そわ・としみつ)

人材研究所代表

1971年、愛知県豊田市出身。灘高校を経て1990年、京都大学教育学部に入学し、1995年に同学部教育心理学科を卒業。リクルートで人事採用部門を担当し、最終的にはゼネラルマネジャーとして活動した後、オープンハウス、ライフネット生命保険など多様な業界で人事を担当。「組織」「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法を特徴としている。2011年、「人材研究所」を設立し、代表取締役社長に就任。企業の人事部(採用する側)への指南を行うと同時に、これまで2万人を超える就職希望者の面接を行った経験から、新卒および中途採用の就職活動者(採用される側)への活動指南を各種メディアのコラムなどで展開している。著書に「定着と離職のマネジメント『自ら変わり続ける組織』を実現する人材流動性とは」(ソシム)など。

コメント