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北京冬季五輪開催の中国、コロナ禍での東京五輪をどう見ている?

2022年2月に北京冬季五輪の開催を控えている中国は、東京五輪をどのように見ているのでしょうか。また、中国人の「五輪観」とは。

東京五輪開会式での中国選手団入場行進(2021年7月、時事)
東京五輪開会式での中国選手団入場行進(2021年7月、時事)

 東京五輪が7月23日に開幕しましたが、大半の会場での無観客開催やコロナ禍での大規模スポーツ大会という異例の事態を、他の国以上に注視していると思われるのが、2022年2月に北京冬季五輪の開催を控えている中国です。中国の人たちはどのように東京五輪を見ているのでしょうか。また、中国人の「五輪観」とはどのようなものなのでしょうか。ノンフィクション作家で中国社会情勢専門家の青樹明子さんに聞きました。

北京への「学習の場」

Q.中国の人たちは東京五輪をどのように見ているのでしょうか。

青樹さん「コロナが発生してから、日中関係者の間で『新型コロナウイルスの感染拡大で東京五輪が中止になれば、北京冬季五輪も中止になるだろう』と言われてきました。東京五輪と北京五輪は深くリンクしてます。だから、中国は東京五輪を『自分の国』のことと同様に捉えています。これから、東京五輪で起きることは北京冬季五輪で起きてもおかしくないわけで、東京五輪はすべてが、新型コロナの影響が残るであろう北京冬季五輪への学習となっているのです。

ある識者は『日本が東京五輪を開催にこぎつけて、大規模な感染拡大を起こさなければ成功だ。中止や延期となったら、日本の信頼が失われる』と話しています。日本をそのまま中国に置き換えてみると、中国の北京五輪観がよく分かります。そのため、東京五輪への関心はとても高く、中国最大の報道機関『中央広播電視総台(総台)』は総勢800人の報道チームを日本に送り込み、リオ五輪の2倍、約1200箱の機材を持ち込みました。総台が管理するテレビチャンネル5つ以上を使って、4K、8Kで、リアルタイムで報道しています。さらに、ラジオやインターネットの動画配信も使って、中継を一日中流しています。

今回の開会式については、中国人は派手なものが大好きなので、地味だという印象を持った人も多いようです。1年延期などで予算が減り、仕方ない部分はあるのですが、その中でも、中国のSNSでは、ダンスとピクトグラムのパントマイムが人気でした。『あのダンスは素晴らしい』『ピクトグラムが面白かった』といった投稿です。多くの中国人は日本のゲームやアニメ、漫画が好きなので、選手の入場行進でゲーム音楽が流れたことも話題になっています」

Q.東京五輪がほぼ無観客開催となったことについて、中国の人々の受け止めはどうなのでしょうか。

青樹さん「中国の記者に聞いたところ、『東京が無観客になったので、北京も無観客の可能性が出てきた』と話していました。ただ、何があっても北京冬季五輪はやるということは変わらないでしょう。無観客であろうがやるということです。もっとも、まだ半年あるので、世界の状況がどう変わるか分からない部分はあります」

Q.中国人の「五輪観」とは。

青樹さん「中国人の『五輪観』というと『国の力を見せる場所』であり、金メダルの数は『国力』だと捉えています。東京五輪では日本が多くメダルを獲得していますが、中国にとっては『宿敵アメリカ』を打倒するのが東京五輪のコンセプトです。金メダルの数が国力ということは、20年前、30年前からずっと、庶民にも刷り込まれています。

私は2008年の北京五輪も含め、何度か、オリンピックシーズンを中国で体験しました。五輪期間中のある日、タクシーに乗ると、運転手から、『日本の金メダルは幾つだ』と聞かれました。その時、日本のメダル数は比較的少なく、韓国に及ばなかったんですね。すると彼は『韓国に及ばないなんて、あり得ない。国力が違うじゃないか』と言いました。われわれ日本人よりも、彼らの思い入れは圧倒的に強いのです」

Q.卓球の混合ダブルス決勝で、中国ペアが日本の水谷隼選手と伊藤美誠選手のペアに敗れました。反響は大きかったのでしょうか。

青樹さん「驚天動地の大事件だったようです。SNSは朝から、この話題一色でした。勝って当然、負ける理由がない試合に負けたわけですから。福原愛さんは中国の卓球ファンからとても愛されているのですが、実はその理由の一つに『日本では第一人者だけど、中国選手には勝てないから』ということがあったのです。安心して応援できるというわけです。そんな中、福原愛さんと仲の良いリウ・シーウェン選手と、世界でもトップレベルのシー・ティン選手が組み、世界最強とみられていたペアが敗れました。

中国が五輪の卓球競技で金メダルを失ったのは17年ぶりです。試合の後にリウ選手は号泣。中国メディアは『みんなが応援していたのに、なぜ負けたんだ』などと責めていましたが、意外だったのは庶民の反応です。号泣する彼女の姿を見て、中国のSNSは意外にも温かいメッセージであふれました。『価値ある銀だ。また頑張ればいい』『あなたは女神だ』といった声です。『#結果はどうあれ、あなたたちは中国の誇り』というハッシュタグも出回っています。

もしかしたら、金メダルの数イコール国力と捉える風潮が少しずつ変わってきているのかもしれません。余裕、つまり、自分の国に対する自信が出てきたことも影響している可能性はあります」

Q.一部報道では、中国メディアや関係者から、「東京五輪の日本の感染対策は不十分だ」との見方もあるようです。五輪に限らず、中国の新型コロナ対策は日本よりも厳しいのでしょうか。

青樹さん「本当に厳しいです。北京冬季五輪前に中国国内で感染者が出たとしたら、ちゅうちょなくロックダウンするでしょう。新規感染者がたとえ1桁でもロックダウンすると思います。今年1月7日、東京などに緊急事態宣言が出たとき、東京の新規感染者数は2447人でした。中国で北京近くの中規模都市、石家荘(せっかしょう)市で、同じ1月7日にロックダウンが宣言されたのですが、そのときの感染者は100人です。これほどの差があるのです。

しかも、東京は緩々の緊急事態宣言ですが、感染者100人の石家荘市はロックダウンの他、市民1000万人を対象にPCR検査を行い、120カ所で計1万1700人を強制隔離しました。国の体制の違いもありますが、それでも厳しさの度合いが大きく違います。外国人が中国に入国する場合、ビザ取得は厳しく、ビザを得ても、指定検査機関があって、そこでダブル陰性証明、つまり、PCR検査と抗体検査の両方で陰性を証明しないと、飛行機にも乗れません。

そして、中国に着いたら、隔離期間があります。デルタ株が流行している広東省は特に厳しく、集中隔離期間14日間と自宅隔離期間7日間(いわゆる『14+7』)、計21日間で、期間中、1週間に1回、PCR検査を受けるよう義務づけられています。来年は中国共産党の5年に1回の党大会もあり、北京冬季五輪前には、感染者ゼロの状態に持っていくはずなので、ますます厳しくなっていくでしょう。ちなみに、7月26日時点の感染者は中国全体で新規感染者61人、うち海外から4人、国内57人です。われわれ日本人から見たら騒ぐ数字ではないと思いますが、これでも『最近、感染者が増加傾向にある』といわれているのです」

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青樹明子(あおき・あきこ)

ノンフィクション作家・中国社会情勢専門家

早稲田大学第一文学部卒、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程修了。大学卒業後、テレビ構成作家や舞台脚本家などを経て企画編集事務所を設立し、業務の傍らノンフィクションライターとして世界数十カ国を取材する。テーマは「海外・日本企業ビジネス最前線」など。1995年から2年間、北京師範大学、北京語言文化大学に留学し、1998年から中国国際放送局で北京向け日本語放送のキャスターを務める。2016年6月から公益財団法人日中友好会館理事。著書に「中国人の頭の中」「『小皇帝』世代の中国」「日中ビジネス摩擦」「中国人の『財布の中身』」など。近著に「家計簿から見る中国 今ほんとうの姿」(日経プレミアシリーズ)がある。

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