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子どもの「習い事」 本人がしたいもの/親がさせたいもの、どちらにすべき?

子どもの「習い事」について考えるとき、子ども本人がやりたがっているものをさせたらいいのか、親がやらせたいものを習わせたらいいのか、迷うものです。どちらがよいのでしょうか。

子どもの習い事、どう決める?
子どもの習い事、どう決める?

 子どもの「習い事」について考えるとき、子ども本人がやりたがっているものをさせたらいいのか、親がやらせたいものを習わせたらいいのか、迷うものです。「習い事は親が子どもの将来のことを考え、よかれと思ってさせているのだから、親が決める」と考える人もいますし、反対に「子どもがやりたがってもいないことを習わせるのはどうなのか」という考え方もあるでしょう。

「野球をやりたい子」にサッカー

 例えば、野球とサッカー。子どもが「野球をやりたい」と望んでいるのに、親が次のような理由で渋っているとします。

・親自身がサッカーファンで、子どもにもサッカーをしてほしいと思っている
・野球よりもサッカーの方が将来、より活発なスポーツになりそうと考えている
・野球はサッカーよりも多くの用具をそろえなくてはならず、負担が大きい
・子どもの友達もみんなサッカーをやっている

 しかし、どれもこれも親の希望であり、主張です。仮に子どもの意思を無視して、サッカーの教室やクラブ、チームに入れたとしましょう。子どもはずっと、「僕は本当は野球がやりたかったのに」と思い、練習に熱が入らなくなるかもしれません。

 はたから見ると「そんなことを習って、一体何の役に立つの?」と思われるような習い事でも、本人が「習いたい」と言ったなら、忍者教室や手品教室、サンバ教室などどんなことでもよいと思います。自分の意思で選んで始めたことには身が入るものです。

「やめたい」と子どもが言ったら?

 ある父親と息子のお話です。その父親はどちらかというと運動が苦手で、子どもの頃から、大きなコンプレックスを持っていました。そんな自分の子どもが5歳のとき、「サッカーをやりたい」と言い出しました。そのときはわが子を誇らしく思い、とてもうれしかったそうです。

 ところが、息子が小学生になると「チームの足を引っ張るやつ」と言われ、「あいつが来るとうまくいかない」と陰口をたたかれるようになりました。暗い顔をしているわが子を見て、父親は「ああ、やはり俺の子だからかな」と思いつつも、ここを踏ん張って乗り越え、頑張ってほしいと願っていました。

 しかし、あるとき、とうとう息子が「パパ、サッカーをやめたい」と訴えてきました。けれどもやはり、どうにかして続けさせたい、苦しくても続けてほしいと思う父親。「つらいことがあっても逃げないで頑張る」「継続することによって忍耐力が育つ」と考えたからです。

 いったん習い事を始めると、時には嫌になることもあるでしょう。しかし、続けるのかやめるのかは最終的には親ではなく、子どもが決めることです。子ども自身がじっくり考えて、「ここで投げ出したら身に付くものも付かないぞ」と継続するもよし、「こんなにつらい思いをするなら、いっそやめて、他の楽しみを見つけよう」と決めるもよし。どちらの選択をしても親は認めてあげましょう。子ども自身の人生なのですから。

親は“子どもの応援団”

 一方、「子ども自身が興味を持っていなくても、やらせておいた方がいいもの」もあります。例えば、将来、幼稚園や保育園の先生になりたいと思ったとき、ピアノが弾けないとそれがハードルになってしまい、諦めなくてはならないことも現実に起こり得ます。経験上、このことを知っている親の立場からすれば、「子どもにピアノを習わせておきたい」と考えるのも理解はできますが、親と子どもの希望が一致しない場合も当然あるでしょう。

 このようなときは、もし、親の意向で入会させたとしても、子どもに練習は無理強いしないことです。親だけが夢中になってしまい、肝心の子ども本人があさっての方向を向いている親子が時々いますが、子ども自身がおのずとやりたくなるように導くのが大切です。では、子どものやる気を刺激するにはどうしたらよいのでしょうか。

 例えば、ピアノの練習を嫌がる子どもの場合は、お友達のピアノの発表会に連れていくと「○○ちゃんみたいに私も弾いてみたい」と思うようになるかもしれません。また、スイミングスクールに通う子どもなら、オリンピック選手の水泳競技をテレビで見せることで「僕もあんなふうに泳げるようになってみたい」と感じるきっかけになることもあるでしょう。

 何事も動機がなければ、やる気は起こりません。「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」のです。「何のために練習するのか」を明確にしてあげることで、子どもなりに目的意識が持てれば、単調な練習も頑張れます。

 将来、職業を選ぶ時期が訪れたとき、その選択肢をできるだけたくさん持てるように“肥料”をまいておくこと、それが「習い事」の意義ではないでしょうか。しかし、野球選手にさせたくて少年野球をやらせていた子どもが「相撲の道に進みたい」と言ったり、書道家として食べていけるようにと幼い頃から習字教室に通わせていた子どもが、「トリマーになってペットショップを経営してみたい」と言ったりすることもあるでしょう。そのとき、親は反対してはいけません。

 子どもは親の所有物ではありません。親の人生ではなく、子ども自身の人生です。それまでの習い事にとらわれることなく、わが子がどんな道を選ぼうとも応援し、どんな道に進もうとも否定しないでいることが“子どもの応援団”としての親の役割ではないでしょうか。皆さんはどうお考えになりますか。

(子育て本著者・講演家 立石美津子)

立石美津子(たていし・みつこ)

子育て本著者・講演家

20年間学習塾を経営。現在は著者・講演家として活動。自閉症スペクトラム支援士。著書は「1人でできる子が育つ『テキトー母さん』のすすめ」(日本実業出版社)、「はずれ先生にあたったとき読む本」(青春出版社)、「子どもも親も幸せになる 発達障害の子の育て方」(すばる舎)、「動画でおぼえちゃうドリル 笑えるひらがな」(小学館)など多数。日本医学ジャーナリスト協会賞(2019年度)で大賞を受賞したノンフィクション作品「発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年」(中央公論新社、小児外科医・松永正訓著)のモデルにもなっている。オフィシャルブログ(http://www.tateishi-mitsuko.com/blog/)。

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