オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

「武漢は世界一安全」と市民 コロナ対策で中国に学ぶことは多いのか

新型コロナウイルスの再拡大で、日本では緊急事態宣言が再発令されましたが、「震源地」とされる武漢市をはじめ、中国は平穏を取り戻しているようです。

買い物客でにぎわう武漢市街(2021年1月、AFP=時事)
買い物客でにぎわう武漢市街(2021年1月、AFP=時事)

 新型コロナウイルスの再拡大で、日本では1月7日、緊急事態宣言が再発令されましたが、世界で最初に流行が拡大した中国湖北省の武漢市は流行開始から1年余りがたった今、すっかり平穏を取り戻しているようです。市民からは「武漢は世界一安全な街だ」との声も出ており、中国全体も感染者は極めて少ないと報道されています。

「強権国家だから抑え込めたのでは」との声もありますが、中国社会情勢専門家でノンフィクション作家の青樹明子さんは「感染爆発を起こしている日本に比べ、中国がある程度コントロールできているのは事実。中国のことを好きか嫌いかは別にして、新型コロナへの対応に関しては日本が参考にすべき点は多いのではないでしょうか」と語ります。

「1人陽性」で23万人にPCR検査

Q.武漢は新型コロナの「震源地」ともいわれます。まず、感染確認から終息までの主な動きを振り返ってください。

青樹さん「2019年12月8日、武漢で最初に感染者が確認されました。年が明けた2020年1月1日、『震源』とされる海鮮市場が閉鎖され、23日に武漢は都市封鎖(ロックダウン)されましたが、春節休暇を控えて、武漢市民のうち約500万人が帰省や旅行で既に武漢を離れていました。

それが中国全土や世界各地に感染が広がった一因ですが、足元の武漢では医療体制が崩壊し、都市封鎖後も感染者は増えていきました。2月12日には新規感染者が1万3436人を記録。ただ、その後は徐々に新たな感染者が減少し、3月18日には新規感染者がゼロになり、4月8日、都市封鎖は解除されました。そして、5月、1000万人を超す武漢市民全員を対象にPCR検査が実施され、無症状感染者はいたものの、発熱などの症状のある感染者は一人も確認されなかったとしています」

Q.最近の感染状況を教えてください。市民生活はコロナ前の状況に戻っているのでしょうか。

青樹さん「武漢では都市封鎖解除から現在に至るまで、新規感染者はゼロが続いています。生活も『全く元通り』だそうです。当局は海外メディアを積極的に武漢へ入れています。もっとも、コロナ関連ではSNSでの通信内容が厳しくチェックされているので、どこまでが真実か分からない部分はあります」

Q.「武漢は世界一安全な街だ」という市民もいるようです。

青樹さん「確かに今は安全だと思います。中国全土で感染防止策を徹底していますし、共産党がメンツをかけて、再流行しないようコントロールしていくと思われるからです。中国の友人も『武漢が一番安全だ』と早いうちから断言していました」

Q.武漢で再度、新型コロナが流行する可能性はありそうでしょうか。

青樹さん「『ない』と言い切っていいでしょう。ただ、新しい感染症が発生する可能性はあります。今回の新型コロナウイルスに関しては、しっかりコントロールしていくと思います」

Q.ただ、中国は1月7日時点で、WHO国際調査団の入国を許可していません。

青樹さん「米中関係悪化の影響でしょう。トランプ大統領が早くから、『発生源は中国』『中国が世界にまき散らした』と発言してきたことから、『中国が感染源』という既定路線での調査は受け入れ難いとの考えです。中国が最も重視するメンツの問題にも関わっています。しかし、受け入れないのはマイナス。何か隠していると思われても仕方がない。私は当初、『外部に見せられない何かがあるのではないか』と思ったほどです」

Q.それでは、中国全体の最近の感染状況と対策を教えてください。

青樹さん「1月9日の新規感染者は69人です。この日、退院を許可された人は16人で、医学的観察を解除された人は584人、重症者は1人と発表されています。

昨年暮れから年明けにかけて、最も懸念されているのが河北省の石家荘市です。1月7日、新規感染が100人以上確認されたため、石家荘市を封鎖しました。つまり、ロックダウンです。石家荘市は9日、記者会見し、全市民約1000万人に緊急のPCR検査を実施した結果、354人が陽性だったと発表しました。河北省は首都・北京に隣接しているので、事態を重く見ています。9日午前8時までに市内120カ所で約1万1700人を隔離したようです。

ただ、先ほど、1月9日の新規感染者が69人と述べたように中国全体では流行拡大は抑えられています。感染対策で注目点はいくつかありますが、武漢で感染爆発を起こした後、『早期発見』『早期報告』『早期隔離』『早期治療』という『4つの“早”』(四早=スーザオ)を政府が打ち出しました。例えば、2020年12月26日、北京市中心部の朝陽(ちょうよう)区で1人の感染者が確認された際、その日のうちに周辺区域の人23万4413人にPCR検査を行い、全員の陰性を確認しました。

感染防止に非常に有益なのが『健康コード』というスマホアプリです。昨年2月ごろから普及していて、中国最大の企業であるアリババなどが開発しました。信号と同じ、緑、黄、赤という3つの色でその人の健康状態を表します。『緑』は問題なし、『黄』は濃厚接触の疑いがある、または感染の危険性が高い所にいた、『赤』は陽性反応者、もしくは発熱などの症状がある人です。

緑なら自由に行動できますが、黄色なら役所から連絡があって7日間、強制隔離。その後、7日間、緑なら自由の身です。赤の場合は警察が迎えに来て、14日間隔離され、その後、14日間連続で緑になるまで自由にはなりません。

緑、黄、赤の区別は基本的に、自己申告による日々の健康状態や行動に基づいて判定されて、そこに個人情報が付加されます。中国全土のあらゆる場所に2次元バーコードが張ってあり、それをスマホで読み込まないと入ることができません。地下鉄、タクシー、公園、ショッピングモール、勤務先のオフィスビル、自分の住まいも、です。いつ、どこにいたか、行動履歴として蓄積され、『感染者の近くにいた』としたら即分かるわけです。

また、中国ではコロナ禍以前から、生まれたその日に身分証が発行され、日本のマイナンバーのような身分証番号が与えられるのですが、この番号や顔認証情報も健康コードにリンクしています。日本人から見ると恐ろしい管理システムですが、コロナ禍では有益な情報になっています。ちなみに、健康コードの登録は義務ではなく任意ですが、アプリなしには地下鉄に乗れないし、ショッピングモールにも入れないし、自分の家にも帰れない。使わない自由はありえないのです」

1 2

青樹明子(あおき・あきこ)

ノンフィクション作家・中国社会情勢専門家

早稲田大学第一文学部卒、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程修了。大学卒業後、テレビ構成作家や舞台脚本家などを経て企画編集事務所を設立し、業務の傍らノンフィクションライターとして世界数十カ国を取材する。テーマは「海外・日本企業ビジネス最前線」など。1995年から2年間、北京師範大学、北京語言文化大学に留学し、1998年から中国国際放送局で北京向け日本語放送のキャスターを務める。2016年6月から公益財団法人日中友好会館理事。著書に「中国人の頭の中」「『小皇帝』世代の中国」「日中ビジネス摩擦」「中国人の『財布の中身』」など。近著に「家計簿から見る中国 今ほんとうの姿」(日経プレミアシリーズ)がある。

コメント