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放置死の3カ月女児は「無戸籍」 現代日本で“戸籍がない”ことの意味とは?

子どもが犠牲になった事件で「戸籍がなかった」と報道されることがあります。現代の日本において「戸籍がない」とどうなるのでしょうか。弁護士に聞きました。

子どもの「無戸籍」の場合…?
子どもの「無戸籍」の場合…?

 生後およそ3カ月の女児がマンションの室内に16時間放置されるという事件が先日、東京都台東区で発生したと報道されました。報道によると、女児は搬送先の病院で死亡が確認され、母親は女児について「自宅で出産した」「出生届は出していない」と供述。警視庁は女児が「無戸籍」だったとみて調べているということです。

 ネット上では「戸籍がない」ことについて「どんな生活なのか想像がつかない」「子どもを無戸籍状態にした親は罪に問われないの?」などと、疑問を持つ人が多いようです。現代の日本において「戸籍がない」とどうなるのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

配偶者のDVから身を守る目的も

Q.そもそも、日本における「戸籍」とはどういうものですか。

佐藤さん「戸籍は人の出生から死亡に至るまでの親族関係を登録し、公に証明するもので、日本国民について作られ、日本国籍について公に証明する唯一の制度です。つまり、当人にとって誰が両親なのか、配偶者なのか、子どもなのかといった親族関係を示し、日本人であることを明らかにするために存在します。結婚や相続、パスポートの申請など、身近なさまざまな場面で役立っています。

日本で最初の全国規模の戸籍は『庚午年籍(こうごねんじゃく)』で、670年にできたと考えられています。その後、戸籍が作られない時代を経て、1872年、明治政府によって全国的戸籍が作られました。戦前の戸籍は『家制度』に基づくものでしたが、1948年の戸籍法改正により、夫婦を基本単位とする戸籍制度に変わり、現在まで続いています」

Q.現在の戸籍の内容について、詳しく教えてください。

佐藤さん「戸籍には、次のような内容が記載されます」

(1)本籍(戸籍を特定するための行政区画・土地の名称・地番)
(2)筆頭者(戸籍の最初に記載される人)
(3)戸籍事項(戸籍が作られた日など)
(4)戸籍に記録されている者(筆頭者の名前・生年月日・続柄など)
(5)身分事項(出生日や婚姻日など)
(6)2人目以降の項目(筆頭者以外の在籍者の情報)

Q.自分の戸籍(の有無)について調べる方法は。

佐藤さん「本籍地の市区町村役場に申請すれば、証明書を発行してもらえます。郵送での申請も可能です。本籍地が分からない場合、住所地の市区町村役場で、本籍地が記載された『住民票の写し』を発行してもらい、確認しましょう」

Q.「無戸籍」とは、どのような状態を指すのですか。また、無戸籍になる理由は。

佐藤さん「無戸籍とは、親が子の出生届を出さなかったために戸籍への記載や戸籍自体が存在しない状態のことです。出生届を提出しない理由はさまざまですが、例えば、『配偶者からDVを受け、身を隠しており、出生届を出すことで居所を知られてしまう恐れがあるケース』『(元)夫に子の存在を知られたくないケース』などが考えられます。

また、『夫とは事実上、関係が破綻しており、別の男性の子を妊娠・出産したが、出生届を出すと(元)夫の戸籍に入れられてしまうケース』でも、出生届を出さない母親がいます。夫との婚姻中、または離婚から300日以内に出産した場合、法律上、その子は(元)夫の子と推定されます(民法772条)。出生届には、法律上の親子関係のある父母を記載しなければならないため、血縁上、(元)夫の子ではなかったとしても(元)夫を父親として出生届を提出することになります。

市区町村の戸籍窓口では『法律上の父と血縁上の父が同じかどうか』という実質的な審理はなされないため、血縁上の父親を父とする出生届を提出しても、原則、受理してもらえません。こうした運用がなされてきたため、『(元)夫の戸籍に入れたくない』との思いから出生届を出さないケースが多くみられます」

Q.戸籍がないと、どうなるのでしょうか。

佐藤さん「戸籍がない場合、さまざまな行政サービスの基礎となる住民票を作ってもらえないことがあります。運転免許は、戸籍も住民票もなく、個人の特定が困難な場合は取得できませんし、銀行口座も、公的に本人確認ができない場合は犯罪収益移転防止などの観点から開設できません。選挙権も住民票がなければ行使できません。

なお、無戸籍であっても義務教育は受けられますが、住民票がないと修学通知が届かないことがあり、親が主体的に役所などに連絡する必要が生じます。こうした不都合に加え、戸籍がないことにより、進学や就職、結婚といった場面でさまざまな不利益を受けることがあります」

Q.戸籍がなくても、生活していくこと自体は可能なのでしょうか。

佐藤さん「可能です。例えば、国民健康保険は戸籍や住民票の存在が要件とはなっていないので、居住実態があると認められれば加入できます。また、児童手当や児童扶養手当(一人親家庭に支給される手当)も、居住実態や医師の出生証明などがあれば受給できますし、乳幼児の健診や予防接種、保育所などの施設利用も、居住実態があれば可能です。

無戸籍が社会問題として捉えられるようになり、行政の運用は改善してきています。そのため、戸籍がなくてもある程度の社会生活は営めるようになりました」

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佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

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