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「テセウスの船」を動かす上野樹里、ぎこちなさの天才という迫真の魅力

日曜劇場「テセウスの船」(TBS系)に出演し、主人公の妻、そして、彼を支える週刊誌記者を演じている上野樹里さん。その魅力の源泉を探ります。

上野樹里さん
上野樹里さん

 現在放送中の日曜劇場「テセウスの船」(TBS系)は冒険的な作品です。この枠はこれまで「半沢直樹」のような勧善懲悪的な痛快さで安定した人気を得てきましたが、今回は一味違います。

 俳優・竹内涼真さん扮(ふん)する主人公がタイムスリップを経て、父の冤罪(えんざい)を晴らそうとする物語でサイコ風味も漂う重苦しいサスペンスです。何人もの役者が老け役をこなし、展開もかなり入り組んでいます。

 そんな作品に特別出演として登場するのが、女優・上野樹里さん。主人公の妻でしたが、主人公のタイムスリップにより変化した世界では、彼を支える週刊誌記者を演じています。第4話(2月9日放送)の演説シーンや第5話(同16日放送)の抱擁シーンは、重苦しい空気を吹き払う清涼剤のような効果を視聴者にもたらしました。この物語の希望ともいうべき存在です。

 そんな上野さんの魅力がどこから来るのか、そのキャリアを振り返りつつ、探ってみましょう。

朝ドラ「てるてる家族」で存在感

 彼女が世に出た作品は、NHK連続テレビ小説「てるてる家族」(2003年度下半期)です。メインで描かれる4姉妹の三女役でしたが、主人公は四女役の石原さとみさん。前年、ホリプロタレントスカウトキャラバンで優勝した注目の存在でした。また、長女役の紺野まひるさんは宝塚娘役トップ、次女役の上原多香子さんはSPEEDのメンバーとしての実績が既にあり、上野さんだけがほぼ無名という状況でした。

 しかし、彼女は他の3人に負けない存在感を発揮します。頭のいい“リケジョ”で、即席ラーメンの開発を手伝ったり、中年の絵本作家と仲良くなったり、マンボをいきなり踊ったりするようなキャラを生き生きと演じました。最終回は彼女が米国留学に旅立つところが描かれ、主役顔負けの目立ち方でした。

 そんな彼女について当時、書いた拙文があります。

「『てるてる家族』はちょっと必見。上野樹里(三女役)のぎこちないステップが久々に“昭和”してます」(「別冊宝島942 音楽誌が書かないJポップ批評33」)

 この朝ドラはミュージカル風でもあり、彼女のどこかぎこちない姿がかわいく、また新鮮に感じられたものです。幼児からピアノをたしなむなどの音楽的素養や、陸上部で活躍するほどの運動神経を持ち合わせていながら、そのリズム感や動きはなぜか独特で、それが演技の特徴にもなっていました。

 そして、それこそが他の役者にはない魅力的な個性であることを、3年後、より多くの人が知ることになります。2006年、主演ドラマ「のだめカンタービレ」(フジテレビ系)が大ヒットしました。

 ただし、この最初の代表作に出会うには一つの転機が必要でした。「てるてる家族」で父親役だった岸谷五朗さんのすすめでもあったという、大手事務所・アミューズへの移籍です。彼女が所属していた事務所ごと吸収される形になったため、一緒に吉高由里子さんも移籍しました。

 上野さんや吉高さんは美人女優であるとともに個性派でもあり、それはアミューズの伝統だったりもします。最初、サザンオールスターズや三宅裕司さんなど、音楽やお笑い系でスタートしたこの事務所にとって、女優のマネジメントの始まりとなったのは富田靖子さんと松下由樹さん(後に円満独立)でした。

 その後、奥山佳恵さんや深津絵里さんが続き、上野さんや吉高さん、仲里依紗さんを経て、清原果耶さんらにつながっていきます。所属する男性の役者たちも豪華で、上野さんは自身の持ち味にも合った、大きな後ろ盾を得ました。

 2008年の「ラスト・フレンズ」(フジテレビ系)では、性同一性障害を持つ難役を好演。ここでも独特のぎこちなさが生かされました。さらに3年後には、NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」に主演して、一気に頂点へと登りつめた感があります。

 とはいえ「江」では「のだめ大河」などといった揶揄(やゆ)の声も出ました。のだめっぽかったのはドラマの前半で、後半では落ち着いた演技を見せていましたが、強烈過ぎる代表作の印象が災いしたのかもしれません。

 ただ「テセウスの船」を見て、のだめっぽさを感じる人はほとんどいないでしょう。ではなぜ、最初の代表作のイメージから脱却できたのか。それには、もう一つの転機が大きかったと思われます。

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宝泉薫(ほうせん・かおる)

作家、芸能評論家

1964年岐阜県生まれ。岩手県在住。早大除籍後「よい子の歌謡曲」「週刊明星」「宝島30」「噂の真相」「サイゾー」などに執筆する。近著に「平成の死 追悼は生きる糧」(KKベストセラーズ)、「平成『一発屋』見聞録」(言視舎)、「あのアイドルがなぜヌードに」(文春ムック)など。

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