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「お前ら全員首にする力が…」 パワハラが疑われる場面で無断録音、法的に問題ない?

芸人の闇営業問題で、吉本興業幹部の所属芸人に対するパワハラが疑われる事例が発覚しました。こうした場面で、相手の同意なく録音や録画をしても、法的に問題ないのでしょうか。

謝罪会見をする(左から)宮迫博之さん、田村亮さん(2019年7月、時事)
謝罪会見をする(左から)宮迫博之さん、田村亮さん(2019年7月、時事)

 芸人の闇営業問題を巡り、吉本興業所属の宮迫博之さん、田村亮さんが7月20日に謝罪会見を行いました。会見で宮迫さんは、同社の岡本昭彦社長と面談した際に、「お前ら、テープ回してないやろな」と告げられた上で、「全員連帯責任で首にするからな」「俺にはお前ら全員首にする力がある」と言われたと主張しました。岡本社長は2日後の記者会見で、発言を一部否定した上で、発言は場を和ませるためのものだったと説明しました。

 パワハラが疑われる場面で相手の同意なく、録音や録画をすることの法的問題について、グラディアトル法律事務所の刈谷龍太弁護士に聞きました。

発言は「精神的苦痛を与える行為」に該当しうる

Q.そもそも、どのような行為が「パワハラ」に該当するのでしょうか。

刈谷さん「厚生労働省の定義によると、職場のパワハラとは、『同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為』を指します。そして、基本的な類型として(1)身体的な攻撃(2)精神的な攻撃(3)人間関係の切り離し(4)過大な要求(5)過小な要求(6)個の侵害が挙げられています」

Q.会社側からパワハラを受けた場合、提訴することは可能なのでしょうか。民事、刑事どちらに該当しますか。

刈谷さん「提訴は可能です。最初から通常の民事訴訟を提起することも可能ですが、労働審判という裁判所を介した手続きを選択することも多いです。労働審判は、労使紛争の解決を目指すために設けられた制度ですが、期日が原則3回以内とされているほか、話し合いによる解決となる調停も選択肢で、早期かつ柔軟な解決を図ることが可能な手続きだからです。なお、パワハラが暴行・傷害、脅迫、強要、名誉毀損(きそん)、侮辱といった犯罪にまで該当しうるような場合、刑事告訴をすることも考えられます」

Q.例えば「全員連帯責任で首にする」「俺には全員首にする力がある」といった発言は、パワハラになる可能性がありますか。

刈谷さん「パワハラになる可能性は十分にあります。今回の吉本興業のケースでいえば、職場内でトップである社長が部下にあたる者に対し、建設的な話し合いを予定していた面談の場で、契約を解消してその者の収入の途を閉ざすことを意味する『首にする』と発言することは、業務の適正な範囲を超えた精神的苦痛を与える行為といえるからです」

Q.パワハラに遭った際、相手とのやり取りを無断で録音、録画する行為は違法なのでしょうか。

刈谷さん「無断で録音、録画する行為自体が違法になるとは考えづらいです。第三者による盗聴や電波ジャックは別ですが、当事者がひそかに会話内容を録音することは、法律上禁止されていないケースが多いからです。そして、パワハラの現場を録音、録画したデータは例外的なケースを除き、基本的には裁判の証拠とすることができます。ただし、録音・録画したものをネット上で公開した場合、内容によってはパワハラをした相手方や会社側から、名誉毀損やプライバシー侵害などで損害賠償を請求される可能性はあります」

Q.会社でパワハラを受けた際の適切な対処方法は。また、出社を拒否したまま退職することも可能なのでしょうか。

刈谷さん「理解ある上司や相談する窓口が社内にあれば、まずはそちらに相談すべきでしょう。そのような窓口がなかったり、あったとしても上司や会社が信用できない場合は、労働基準監督署や弁護士などに相談してもよいかと思います。そして、当該パワハラが犯罪行為に及ぶ疑いがある場合には、警察にも相談すべきです。

なお、退職については法律上、雇用期間が特に定められていない場合は、退職を申し入れれば会社(使用者)の承諾を得ずとも2週間で退職できるとされています(民法627条1項)。出社を拒否したまま退職することも可能です」

Q.パワハラでのやり取りを録音、録画したことに関する判例・事例は。

刈谷さん「ある大学のセクハラ、パワハラ裁判において、大学のハラスメント委員会の会議内容を無断で録音したものが証拠とならなかった(証拠能力が認められなかった)、例外的な判例があります。

これは(1)『ハラスメント委員会』がそもそも非公開の手続きであり、録音をしない運用であったこと(2)ハラスメントに関係する者のセンシティブな情報や事実関係を扱うものであるところ(3)認定判断の客観性、信頼性を確保するには、審議において自由に発言し、討議できることが保障されている必要があること(4)ハラスメントの申立人や被申立人、関係者のプライバシーや人格権の保護のために各委員の守秘義務、審議の秘密の必要性が特に高いこと――などから、無断録音の違法性は極めて高く、民事訴訟法第2条(信義則)違反にあたることが理由とされました」

Q.では、パワハラに遭った場合でも、安易に録音、録画は行わない方がいいのでしょうか。

刈谷さん「就業規則で秘密録音行為が禁止されていたにもかかわらず、上司との労働交渉や職場の会話を秘密録音していたなどとして業務命令違反に問われ解雇された従業員が、パワハラ認定、解雇の無効を求めた裁判において、解雇は無効であるとした判例があります。

こちらは、秘密録音行為が就業規則に反するといえども、それが自己防衛の目的かつ手段として行われ、それ以外の目的で使用されたことが認められないことからすれば、秘密録音のみをもって解雇理由にあたるとするのは酷というべきであると判示されました。

秘密に録音した内容をライバル企業などに提供していたならば、解雇もやむなしとされた可能性もありますが、就業規則で禁止された行為であるとしても、録音行為そのものは解雇理由として不適切だという判断がなされた事案であり、『録音行為そのものが違法ではない』ことを示す一例といえると思われます」

(オトナンサー編集部)

刈谷龍太(かりや・りょうた)

弁護士

1983年千葉県生まれ。中央大学法科大学院修了。弁護士登録後、都内で研さんを積み、2014年に新宿で弁護士法人グラディアトル法律事務所(https://www.gladiator.jp/)を創立。代表弁護士として日々の業務に勤しむほか、メディア出演やコラム執筆などをこなす。男女トラブル、労働事件、ネットトラブルなどの依頼のほか、企業法務において活躍。アクティブな性格で事務所を引っ張り、依頼者や事件に合わせた解決策や提案力に定評がある。

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