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なぜ四角と三角? 「いなり寿司」の形が東西で違う理由やその“境界線”とは

日本人に広く愛される「いなり寿司」は、東西で形や中身が違います。その境界線とは――。

左が「関西」、右が「関東」のいなり寿司
左が「関西」、右が「関東」のいなり寿司

 甘辛く煮た油揚げの中に酢飯を詰めた「いなり寿司(ずし)」。日本人に広く愛される寿司の一種ですが、その形状は地方(関東と関西)によって「四角(俵型)」「三角」に分かれるようです。さらに、中身の寿司飯の「具」の有無も地域によって異なる、という声もあります。

 ネット上では「上京後、四角のいなり寿司を見て衝撃でした」「具入りが当たり前と思っていた」「他の地域のも食べてみたい」など、さまざまな声が上がっています。東西におけるいなり寿司の違いやルーツについて、全日本いなり寿司協会のPR担当で「いなり王子」こと、坂梨カズさんに聞きました。

歴史は未解明の部分が大きい

Q.そもそも、いなり寿司とはどのような食べ物でしょうか。

坂梨さん「いなり寿司の発祥や歴史は、まだ解明されていないことが多く、諸説あります。いなり寿司の名前が現れる最古の文献が、1837年から約30年間書き続けられた江戸の生活百科事典『守貞漫稿(もりさだまんこう)』第6巻です。そこには、『名古屋あたりで生まれ、江戸では天保前から売られている』『油揚げの一方を裂いて、キノコ(シイタケなど)、かんぴょうを刻んでご飯に和えて詰めた』『安価だったから人気だった』などと書かれています。

もう一つの文献『近世商売尽狂歌合(きんせいあきないづくしきょうかあわせ)』(1852年)には、『天保年中飢饉(ききん)の時より初(はじま)り、多いに流行す』とあり、こちらが『飢饉によって生まれた』説の元になっているように思います。守貞漫稿には“天保前”、近世商売尽狂歌合には“天保の飢饉”とあり、どちらも曖昧です。

次に発祥地ですが、私は名古屋ではなく江戸と考えています。その理由として、名古屋には、江戸時代または明治時代あたりから続く、いなり寿司専門店が現存していないことがあります。加えて、いなり寿司が生まれた背景かもしれないといわれている、『天保の改革』における『贅沢(ぜいたく)禁止令』の影響が挙げられます。当時の江戸前寿司は、マグロやアナゴなど贅の限りを尽くしていたらしく、当時の幕府から禁止されました。そこで、困った鮨屋(すしや)がいなり寿司を作ったともいわれています。

さらに、江戸の人口構成は独身男性が7割でした。地方から江戸屋敷に単身赴任した武家の男性や、彼らを相手に商売をしようと集まった商人や職人がいて、そんな男性たちの小腹を満たす“江戸のファストフード”だったと考えるのが自然だと思います」

Q.関東と関西における、いなり寿司の違いとはどのようなものですか。

坂梨さん「関東は、いわゆる『甘じょっぱい』いなり寿司が主流で、具材も酢飯だけか、ゴマやレンコンなどのシンプルなものが基本です。関西は、だしの味とお揚げの味を生かし、酢飯には、ニンジンやシイタケなど多彩な具、いわゆる『五目』が入るのが基本です。

形状の『西の三角、東の俵型』については、はっきりとした理由は分かっていません。江戸時代ごろの文献によれば、ロングタイプの『棒いなり』がカットされて売られていました。恐らく、この『切ったいなり寿司』が俵型の原型でしょう。三角については、『キツネの耳の形』や『稲荷山の形』ともいわれていますが、はっきりとは分かっていません」

Q.東西における違いのルーツについて教えてください。

坂梨さん「関東では、江戸・明治から存在するいなり寿司は酢飯だけのシンプルなもので、かつ天秤棒(てんびんぼう)を担いで市井を売り歩くスタイルの『振り売』が基本でした。一方、関西では、お揚げの味を生かす薄味だったので、物足りなさと関西人特有の“もったいない精神”から、五目になったと考えられています」

Q.形状の違いの「境界線」となる地域はどこでしょうか。

坂梨さん「今から50年ほど前に出版された、篠田統(しのだ・おさむ)さんの『すしの本』には、近畿以西の三角いなり寿司と東の俵型いなり寿司の分岐点は『関ケ原を中心に南北に走る山脈を境に東西に分かれる』と書かれています。現代でもそうなのかを名古屋のテレビ番組で調べていただいたところ、チェーン展開されるスーパーなどでは地域を越えて存在するものの、おおよそ関ケ原を境に分かれているようです」

Q.関東/関西以外で、特徴的ないなり寿司が根付いている地域はありますか。

坂梨さん「青森の、酢飯を紅ショウガで赤く染めた『赤いなり』、長野の、からしを入れた『からしいなり』、鳥取の、大きな三角の油揚げに五目ご飯を入れて丸ごと蒸す『ののこめし』などがあります」

Q.最後に、いなり寿司の魅力とは。

坂梨さん「いなり寿司は『おいしさと、旬と、文化を包むもの』。知れば知るほど、その魅力に引き込まれます」

(オトナンサー編集部)

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