ネット中傷、発信者特定の壁…10月施行の改正法でどう変わる? 弁護士に聞く
ネット上の誹謗中傷に対応する法律整備の一環として、「プロバイダー責任制限法」の改正法が10月1日に施行されます。どのような効果が期待できるのでしょうか。
ネット上の誹謗(ひぼう)中傷に対応する法律整備の一環として、「プロバイダー責任制限法」の改正法が10月1日に施行されます。そもそもどのような法律で、改正によってどう変わり、何が期待できるのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。
1つの手続きで開示可能に
Q.そもそもプロバイダー責任制限法とはどういう法律でしょうか。
佐藤さん「プロバイダー責任制限法の正式名称は、『特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限および発信者情報の開示に関する法律』です。その名の通り、プロバイダー責任制限法は、プロバイダー等の損害賠償責任の制限と発信者情報の開示請求について定めています。
インターネット上には、名誉毀損(きそん)やプライバシー侵害など、『他人の権利を侵害する情報』(権利侵害情報)が書き込まれることがあります。そのような場合、被害者救済と表現の自由のバランスに配慮しつつ、プロバイダーが円滑に対応できるようにする必要があります。
そこで、プロバイダー責任制限法は、権利侵害情報について、プロバイダーが情報の削除を行った場合または行わなかった場合のそれぞれについて、プロバイダーの損害賠償責任の免責要件を定めるとともに、権利侵害情報に関してプロバイダーが保有する発信者情報の開示を請求する権利を定めています」
Q.10月の改正法施行で、どのように変わるのでしょうか。その結果、期待できることは。
佐藤さん「10月に施行される改正法の主な変更点は、(1)新たな裁判手続きの創設、(2)発信者情報の開示対象の拡大の2点です。
(1)については、インターネット上の誹謗中傷が社会問題となる中、従来、被害者は発信者情報の開示を求めるために、2段階の裁判手続きを行う方法しかありませんでした。
つまり、まず、コンテンツプロバイダーに対し、IPアドレス等の開示を求めるための仮処分の申し立てを行い、IPアドレスや経由プロバイダーに関する情報の開示を受ける。次に、経由プロバイダーに対し、発信者情報の開示を求めるための訴訟を行う、という2段階です。そのため、時間と費用がかかることから、被害者が泣き寝入りすることもありました。
改正法では、従来の2段階の裁判手続きを行う方法とは別に、1つの手続きで発信者情報の開示まで完了できる新しい制度が創設されました(コンテンツプロバイダーへの申し立てと経由プロバイダーへの申し立てが併合され、同一の手続きで審理される。審理中に発信者情報が消去されることを防ぐための申し立ても併せて行える)。これにより、よりスムーズな発信者情報の開示が行われ、被害者が権利侵害情報を発信した者に対して、法的責任を追及しやすくなることが期待されています。
(2)また、従来は、開示対象とされている発信者情報に、ログイン時のIPアドレス等が含まれるか明らかではなかったことから、裁判所の判断によって、開示請求が認められないことがありました。改正法により、ログイン時のIPアドレス等についても、一定の要件を満たした場合、開示の対象とされることになります。
そのため、近年問題となっているSNSを利用した権利侵害投稿について、投稿時におけるIPアドレス等が記録されておらず分からない場合でも、ログイン時のIPアドレス等が開示されることにより、発信者を特定できるようになり、被害者の救済に役立つのではないかと期待されています」
Q.改正法が施行されても、被害救済への課題は残るのでしょうか。
佐藤さん「改正法の新たな裁判手続きは、プロバイダー側の協力に委ねられている部分も大きく、プロバイダー側の協力が得られそうなケースや、開示要件を満たしているかどうか判断しやすいケースなどで活用されることが期待されています。
一方、プロバイダー側が強く争う姿勢を見せているようなケースでは、既存の2段階の裁判手続きを行う方法を選択することになると考えられ、被害者の負担はあまり変わらない可能性もあります。
プロバイダー側も発信者情報を特定することが困難なケースもあり、どこまで特定に協力してくれるのかなど、制度が実効的に機能するかどうか、今後の運用を見守る必要があるように思います。なお、改正法付則において、施行から5年後に施行状況について検討を加え、必要な措置を講ずることになっています」
Q.改正法施行による副作用的な事態は想定されるのでしょうか。
佐藤さん「プロバイダー責任制限法の改正は、インターネット上の誹謗中傷などによる被害者救済のため、発信者情報の開示を円滑に進める方向でなされました。一方、本来、発信者情報は通信の秘密として保護されるものですし、匿名表現の自由もあります。
誹謗中傷ではない、匿名での『正当な批判』に対して、むやみに発信者情報の開示が求められることになると、通信の秘密や発信者のプライバシー、匿名表現の自由などが不当に制限される危険があります。
発信者情報の開示を求める新たな裁判手続きは、裁判所の裁量が広いことから、裁判所が、個々の事案に応じて、被害者を迅速に救済すべきか、発信者の通信の秘密や匿名表現の自由を尊重すべきか判断し、適正に法を運用することが期待されています」
(オトナンサー編集部)
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