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「南海トラフ地震」3震源域が時間差で動いたら…必要な“心のための備え”話し合いを

世の中のさまざまな事象のリスクや、人々の「心配事」について、心理学者であり、防災にも詳しい筆者が解き明かしていきます。

東日本大震災後、がれきが広がる宮城県気仙沼市付近(時事通信社チャーター機より、2011年3月、時事) 
東日本大震災後、がれきが広がる宮城県気仙沼市付近(時事通信社チャーター機より、2011年3月、時事) 

 和歌山県で震度5弱の揺れを観測する大きな地震が昨年12月にありました。世間で危惧されている「南海トラフ巨大地震」の前触れではないかと心配になった人もいるのではないでしょうか。この地震と南海トラフ巨大地震との関係性の分析は地震学者に任せることにして、筆者は心理学者の立場から、今心配されている南海トラフ巨大地震がどのようなパターンで起き得るのか、想定されているいくつかのパターンによって、私たちにどんな影響がありそうで、今何ができるかということを考えてみたいと思います。

「正月早々、地震の話か」といった声も聞こえてきそうですが、地震は当然ながら、時期を選びません。また、家族が集まりやすいこの時期だからこそ、知っておき、話し合っておいてほしいことがあるのです。

巨大地震は1回とは限らない

 南海トラフ巨大地震は、東は駿河湾、西は四国沖までの区間の海洋プレートの沈み込みが作るゆがみに、日本列島が乗っている大陸プレートが耐えられなくなって跳ね返ることによって起こります。跳ね返る場所が海底なので、津波も起こります。

 津波の範囲はとても広く、日本の人口密集地である太平洋南岸、つまり、大阪、名古屋などの大都市を含む地域で発生するので、甚大な被害が予測されています。海洋プレートはずっと動いているので、大地震は定期的に起こり、過去のサイクルを見ると、そろそろ、次が起きるのではないかと言われています。と、ここまでは多くの人がよく知ることかと思います。

 しかし、南海トラフ巨大地震の震源域は実は1つではなく、大ざっぱに言って、「東海」「東南海」「南海」という3つのエリアに別れています。「大ざっぱ」と書いたのは、最近はさらに細分化する研究者も出てきているからですが、シンプルに考えるために、ここでは3つのまま、話を進めましょう。

 これらの3つの震源域は一緒に動くのでしょうか。現代科学が出せる答えは「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」という曖昧なものです。この地域では、100年から200年程度の周期で大きな地震が繰り返されていますので、過去の事例を見てみましょう。

 直近の昭和では、1944年に東南海で、1946年に南海で、それぞれ地震が起きています。つまり、2つの地震の間には「2年の開き」がありました。その前の安政では12月23日に東海で、12月24日に南海で、それぞれ地震が起きています。つまり、2つの地震の間には「1日(正確には約30時間)の開き」がありました。

 さらに、その前の宝永では、東海、東南海、南海で同時に地震が起きています。もっと前になると、記録も怪しくなってくるようなので、このくらいにしておきますが、過去3回の地震だけでも全然違う形で起きていることがわかります。

 さて、東海、東南海、南海全部が同時に動いた場合、当然、地震の規模は最も大きくなります。範囲も広いので、一度に受ける被害も最大級のものになるでしょう。これはこれで困った事態で、起きないでくれれば、それに越したことはないのですが、地震の後のことを考えると、このパターンが実は、精神的には最も楽なのかもしれません。

 どこか1カ所だけが動いた場合、そこだけ、プレートのストレスが開放されて、建物で言えば、柱の1本がなくなったような状態になります。そのため、近いうちに高い確率で、ほかのどこかでも地震が起きます。しかし、その「近いうち」が一体いつなのかは、あまり正確には予測できません。

 安政のときのように次の日なのか、昭和のときのように2年後なのか、地球規模の時間の流れの中で見れば、こんなのは誤差の範囲ですが、われわれ人間に取っては大問題です。明日、確実に来るなら、次の日は学校も会社も全部休みにして、みんな、安全な場所で机の下にでも隠れていれば、被害を減らせるのは間違いありませんが、「明日かもしれないし、2年後かもしれない」と言われたらどうしたらよいのでしょうか。

「そのとき、どうする?」 家族で話し合いを

 現在、コロナ禍が2年ほど続いていて、その実体験からも分かる通り、そんなに長く、学業や経済を止めるわけにはいきません。しかし、いつ来るとも知れない特大の地震の恐怖におびえながら生活し、経済活動を続けていくことは相当なストレスです。

 前回の昭和の頃には、このような時間差のことは十分に知られていなかったので、1946年に被災した人たちはその瞬間までは、ストレスフリーに暮らせていたのではないかと思いますが今度はそうはいきません。それに、無事に2年が過ぎたら安心かというとそんなこともありません。過去のデータが少なすぎるので、「3年後」とか「5年後」のようなパターンもないとは言い切れません。

 では、どうすればよいのかという答えは、実は私にもよく分かりません。ただし、全部の震源域が同時に動いた場合を除いては、これまでの一般的な地震に対する備えとは別の形の備え、とりわけ、「心のための備え」が必要なことは間違いなさそうです。例えば、「地震のときにどうするか」を家族で共有しておくことは、一般的な地震への備えとしても大切ですが、大津波が想定される大地震への備えとしては特に重要です。そして、「心のための備え」にもなり得ると思います。

 東日本大震災で注目された「津波てんでんこ」という言葉があります。大きな地震が起きたら、取りあえず、人のことは気にせず、てんでんばらばらに逃げて、自分の身を守ろうという意味です。家族全員がこれを徹底して高台へ避難すれば、また生きて会える確率が高まります。

「津波てんでんこ」は東北地方の言い伝えですが、南海トラフ巨大地震が想定される地域にも共通することでしょう。正月、ご家族が集まっているのであれば、自分たちの家や学校の近くで避難できる場所はどこなのか、その後、どこで落ち合えるのか、話し合っておく格好の機会です。

 これはほんの一例です。いつ、どんな形かは分かりませんが、間もなく、次の地震が確実にやってきます。今回は南海トラフ巨大地震について主に話してきましたが、内閣府が12月21日に発表したように、北海道から東北の太平洋沖でも再び、大地震が起きる恐れはあります。皆さんもぜひ、そのときに向けた備えを、そして、南海トラフの場合は全部がいっぺんに動かなかった場合、どうやって、ストレスから心を守るかも考えて、ご家族で話し合ってみてください。

(名古屋大学未来社会創造機構特任准教授 島崎敢)

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島崎敢(しまざき・かん)

近畿大学生物理工学部准教授

1976年、東京都練馬区生まれ。静岡県立大学卒業後、大型トラックのドライバーなどで学費をため、早稲田大学大学院に進学し学位を取得。同大助手、助教、国立研究開発法人防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学未来社会創造機構特任准教授を経て、2022年4月から、近畿大学生物理工学部人間環境デザイン学科で准教授を務める。日本交通心理学会が認定する主幹総合交通心理士の他、全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者で、3人の娘の父親。趣味は料理と娘のヘアアレンジ。著書に「心配学〜本当の確率となぜずれる〜」(光文社)などがあり、「アベマプライム」「首都圏情報ネタドリ!」「TVタックル」などメディア出演も多数。博士(人間科学)。

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