人はなぜ、「悪口」をやめられないのか? 誹謗中傷は不幸になる悪魔の呪文
著名人の死をきっかけに目にする機会が増えた「誹謗中傷」という文字。誹謗中傷をする人の原理について、筆者が解説します。
最近、目にすることが増えた誹謗(ひぼう)中傷の文字。2020年、SNSで誹謗中傷を受けていた女子プロレスラーの木村花さんが亡くなった事件をきっかけに議論が深まりました。しかし、誹謗中傷の被害に遭うのは著名人ばかりではありません。今では、一般人が嫌がらせを受けるケースも増えています。問題は深刻化するばかりです。
自分にないものを他人が持っているとき、または取り残されてしまうとき。欲しいと思っていたものが手に入らなかったとき、人は猛烈に「怒り」「悲しみ」「不安」を感じることがあります。これらの感情のことを「妬(ねた)み」と言います。人の行動は情動(EQ/Emotional Intelligence Quotient)による影響を受けます。高EQは望ましい行動を導き出しますが、低EQは望ましくない行動を引き起こします。
妬みは身近な対象に燃え上がる
心理学研究が進んでいる米国では多くの発表がなされています。EQ理論の提唱者でもあるピーターサロベイ博士(第23代イエール大学学長)らが中心となって発表した「The psychology of jealousy and envy.」によれば、「妬み」は主に「怒り」「悲しみ」「不安」の3つの感情から成立することが明らかにされています。
「妬み」には多くの弊害があります。澤田匡人(学習院女子大学)は大学生201名を対象に、妬みについて調べました(※1)。その結果、自尊感情と妬み感情の間には相関が見られることが分かりました。シャーデンフロイデとは「他人の不幸を喜ぶ」という感情経験のことを指します。「他人の不幸は蜜の味」と言えば分かりやすいでしょう。
「妬み」を分かりやすいケースに置き換えてみます。Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏、投資家のウォーレン・バフェット氏らは世界有数の大富豪ですが、彼らを妬む人は少ないと思います。あまりにも自分からかけ離れた存在だと「妬み」の感情は湧きません。
「妬み」の感情は身近な存在に対してスイッチが入ります。例えば、社内の人事が発表されると、人事に文句を言う人がいるものです。特に昇進・昇格は「妬み」の対象になります。「無能なゴマすり野郎のくせに!」「たまたまおいしい案件にありついただけ!」「あんなヤツが役員になったら会社がダメになる!」。妬みはとどまることを知りません。
容姿や経歴も「妬み」の対象になります。旧帝大卒でイケメンの「Aさん」が入社してきました。女性社員は羨望(せんぼう)のまなざしです。男性社員は面白くありません。「Aさん、ちょっと調子にのってないか?」などと同調を求める人が増えてきます。ところが、同調する人も「妬む人」ですから、人間関係は最悪になります。
「妬み」の愚かさに気付いた人は、そのような場から離れていくでしょう。妬みで悪口を言っていることが広まり、いずれ、そのような人たちは悪口を言われる存在に成り下がり、スポイルされていきます。人の成功を妬んでばかりいると、自分に力を注げなくなります。これは当然の結果なのです。
「妬み」はポジティブな感情ではありません。妬む感情が増大すると、人の不幸を強く願うようになっていきます。不幸が降りかかるように、失敗するように願うようになります。これは自らの身を滅ぼしかねない破壊的な感情であると理解しなければなりません。妬みを抱いたところで状況が改善することがないからです。嫉妬心を増長させることにメリットなどありません。
妬みに巻き込まれないために
今、あなたは仕事で成功を収めて充実した日々を送っています。家庭も満ち足りた状態です。おそらく、他人を妬み、誹謗中傷をすることなど考えもしないはずです。もし、あなたが他人を妬み、誹謗中傷をやめられないとしたら、自らの人生が満ち足りていないことを認めているようなものです。
妬みや誹謗中傷は次第に「快楽」へと変化し、「幸福感」を感じるようになります。おいしいものを食べると「満足感」を得るのと同じ仕組みです。ところが、より強い「満足感」を得るように、刺激の強いものを求めて、「誹謗中傷の量」が増えていきます。この連鎖に気付かないとエスカレートして、頭の中は「ネガティブ思考」に染まります。
誹謗中傷は人を傷つけ、苦しめます。言葉のナイフで相手の心を刺しているからです。ところが、人を傷つけ、苦しめた人もそのままではいられません。傷つけた分だけ、自分を傷つけているのです。そして、ブーメランのごとく跳ね返ります。妬みが負の感情を蓄積して、自分の体をむしばむようになります。
この連鎖の仕組みを理解しない限り、行動を改めることはできません。誹謗中傷は不幸になる悪魔の呪文であることを頭の片隅に入れておきたいものです。
なお、筆者はEQ理論提唱者のピーター・サロベイ博士(第23代イエール大学学長)、ジョン・メイヤー博士(ニューハンプシャー大学教授)と共同研究を行っていたEQJapenという組織に所属していました。当時、ソリューション開発、研究開発、企業への導入を行う責任者の職位にありました。当時を振り返りながら本稿を構成しました。
※1「シャーデンフロイデの喚起に及ぼす妬み感情と特性要因の影響」
(感情心理学研究2008年16巻1号p.36−48)
(コラムニスト、著述家 尾藤克之)
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