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教員残業代訴訟で地裁、勤務環境の改善求める “定額働かせ放題”の実態とは

大学入試改革など、高等教育を中心にしたさまざまな問題について、教育ジャーナリストである筆者が解説します。

さいたま地裁の判決後に記者会見する原告の男性教諭(2021年10月、時事)
さいたま地裁の判決後に記者会見する原告の男性教諭(2021年10月、時事)

 教員の長時間労働が社会問題化し、学校が「ブラック職場」と呼ばれる中、埼玉県の公立小学校の男性教員(62)が残業代支払いを県に求めた訴訟で、10月1日にあったさいたま地裁の判決が話題を呼んでいます。石垣陽介裁判長は現行の「給特法」(正式名称「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)」の解釈に照らして教員側の請求を棄却したものの、給特法自体が「もはや、教育現場の実情に適合していない」と指摘し、給与体系の見直しを含めた勤務環境の改善を要望したのです。

 学校の働き方改革を巡っては、2019年1月に中央教育審議会(中教審、文部科学相の諮問機関)の答申が出たものの、やっと、タイムカードなどで出退勤時間を把握するようになるといった状況で、まだまだ道半ばです。安倍晋三・菅義偉両内閣で文部科学相を務めた萩生田光一氏は10月4日の退任会見で「改善の必要があると司法から求められたことは重く受け止め、教員が生き生きと仕事をしてもらえる労働環境や報酬の在り方をしっかり検討するよう(後任に)引き継ぎをしたい」と述べました。

「ブラック職場」「定額働かせ放題」などとも言われる公立学校教員の給与や勤務の制度とその見直しは、どうなっているのでしょうか。

残業代の代わりに4%の調整額

 公立小中学校の教職員の給与は全国的な水準を確保するため、国が3分の1、都道府県・指定都市が3分の2を負担しています(2005年度までは2分の1ずつ)。教員の勤務は単に時間で測定できないものとされ、超過勤務手当(残業代)は支給されてきませんでした。

 その代わりに「教職調整額」というものが、1971年に制定された給特法によって制度化されました。引き続き、超勤手当は支給しない一方、代わりに勤務時間の内外を問わず、俸給月額の4%相当を「教職特別手当」として支給することにしたのです。一方で、校長が時間外労働を命じることができるのは(1)生徒の実習(2)学校行事(3)職員会議(4)非常災害など――の「超勤4項目」に限ることで、超過勤務に一応の歯止めを掛けています。

 それ以外の時間外勤務は「教員の自発性、創造性」によるものとされています。

残業時間は5倍でも手当額変わらず

 さいたま地裁の公判での訴えによると、原告の教員の教職調整額は月額1万6000円を超える程度でした。原告は超勤4項目以外に校長が命じた労働時間を算出して、2017年9月~2018年7月の時間外割増賃金は242万円余りになるとして、損害賠償を求めたのです。

 これに対し判決は、校長が超勤4項目以外に最大で月15時間未満の時間外労働を命じていたことを認定しながらも、個々の教員の勤務時間を厳密に管理して給与を支給するのは事実上不可能であり、超勤4項目以外に命じられた業務については「労働基準法に基づいて時間外手当を払うべきだ」という原告の主張は「立法論や制度論としてはともかく、給特法の解釈論としてはこれを採用することができない」として、損害賠償請求を退けました。

 教職調整額の「4%」という割合は、1966年に文部省(当時)が行った教員勤務実態調査を基に算定したものです。そのときの年間ベースの1カ月当たり残業時間は約8時間でした。それが40年後の2006年度調査では約42時間と5倍以上になっています。直近の2016年度調査は時期を限定した調査のため、年間ベースの算定はできませんが、2006年度調査より勤務時間は増加していました。

 2017年11月の中教審「学校における働き方改革特別部会」第8回会合で、文科省は委員の質問に答え、もし、実態に見合った教職調整額の引き上げを行うとすると、小学校で30%近く、中学校で40%程度となり、国庫負担分で3000億円超が必要になるとの試算を明らかにしました。地方の負担分を合わせると9000億円以上になります。もし、教職調整額方式に替えて残業代方式にすると、25%の時間外割り増しもかかりますから、国と地方を合わせて1兆円規模の追加費用が必要になりそうです。

働き方改革は「宿題」のまま

 学校の働き方改革を巡っては、中教審答申と勤務時間の上限ガイドラインに基づき、教育委員会や学校現場で業務削減の努力が続けられています。その上で2022年度に改めて、文科省が勤務実態調査を行うとしています。中教審では現在、「令和」の時代にふさわしい教師の在り方を審議していますが、働き方改革は「宿題」のままです。しかし、訴えにみられる通り、現場実態を考慮すると「立法論や制度論」(10月1日の判決)からの検討が急務だと言えるでしょう。

 現行の制度や法律が「もはや、教育現場の実情に適合していない」という裁判長(司法)からの異例の指摘に、行政(国)や立法(国会)はどう応えるのでしょうか。

(教育ジャーナリスト 渡辺敦司)

渡辺敦司(わたなべ・あつし)

教育ジャーナリスト

1964年、北海道生まれ、横浜国立大学教育学部卒。日本教育新聞記者(旧文部省など担当)を経て1998年より現職。教育専門誌・サイトを中心に取材・執筆多数。

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