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新首相誕生へ 国民の心に響く「スピーチ」に必要な要素とは何か

菅義偉首相は国会答弁や記者会見で「棒読み」と批判されることがありました。首相のスピーチには、どのような要素が必要なのでしょうか。

田中角栄氏(1972年9月、時事)
田中角栄氏(1972年9月、時事)

 菅義偉首相が自民党総裁選への立候補見送りを表明し、新総裁、つまり、新首相が誕生する見込みとなりました。菅首相は国会答弁や記者会見で「原稿棒読み」「国民の心に響かない」「棒読みなのに読み間違う」と批判されました。首相のスピーチには、どのような要素が必要なのでしょうか。国民の心に響くスピーチとは、どのようなものでしょうか。広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。

「誰に何を伝えるべきか」を知る

Q.菅義偉首相のように、記者会見や演説で棒読みになりがちな人は何が問題なのでしょうか。棒読みにならないコツも含めて、教えてください。

山口さん「記者会見や演説で、なぜ、原稿を棒読みにする人が出てくるのか。その理由は単純だと思います。そのような人は、自分自身の言葉で誰に何を伝えるべきかが『分かっていない』のです。『分かっていない』が失礼だとすれば、そのことに『関心がない』のです。

例えば、会社の社長がスピーチをする場合、主な対象は従業員だったり、自社商品やサービスのユーザーだったり、潜在ユーザーだったりします。会社が何か大きな社会的問題を起こしたのであれば、広く国民全体に会社を代表して謝罪したい場合もあるでしょう。

記者会見のトレーニングを仕事の一部としている私が知る限り、誰に何を伝えるべきかが分かっている社長は最初にスピーチの対象をしっかりと決めます。次に自分で原稿を書くか、部下にポイントを伝えて書いてもらうかしています。打ち合わせなしに部下が書いた原稿であれば、添削したり、自分の言葉を書き込んだり、力説したいところに赤ボールペンで下線を引いたりして、自分の思いが詰まったスピーチ原稿にしてから、声に出してリハーサルをしています。

今年8月6日、広島平和記念式典での菅首相のスピーチは昨年の安倍晋三首相(当時)のスピーチの『コピペ』だと報道されました。実際に読み比べてみると、そっくりです。両スピーチとも、原爆犠牲者への哀悼や被爆者へのお見舞いの言葉はありましたが、世界中で、核兵器廃絶を訴える活動を半世紀以上にもわたって必死に続けてきた人たちへの感謝の言葉はありませんでした。

それだけでなく、菅首相は核兵器廃絶の重要性に触れた原稿の部分を読み飛ばしたのです。そこには『わが国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、核兵器のない世界の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要です』とありました。自分自身の言葉で、誰に何を伝えるべきかについて『関心がなく』、官邸が用意した、昨年とほぼ同じ原稿をただ単に読んだだけとすれば、棒読みとなり、言い間違いや読み飛ばしが起こるのは当たり前だと思います」

Q.記者会見や演説の際は原稿をどの程度まで用意すべきなのでしょうか。一言一句、書いたものを読むべきなのでしょうか。それとも、概要とポイントとなる数字だけを書いたものを手元におくといった形が望ましいのでしょうか。

山口さん「首相であれ、会社のトップであれ、記者会見の場合はそのまま印刷して配布しても問題がない原稿を用意して、一字一句、間違いなく読み上げるのがよいとされています。なぜなら、記者会見は公式な発表の場であり、公式な発表に『ゆらぎ』があってはならないと考えられているからです。一方、首相や閣僚の『囲み取材』や『ぶら下がり取材』は公式な会見ではないので、原稿を読み上げることはまずありません。選挙の街頭演説でも原稿を読む政治家はいないでしょう。

会社では、社内や外部の非公式なスピーチであれば、たとえ原稿を作ったとしても読まないで、参加者の顔をしっかりと見て話す方が信頼度も好感度も増すと思います。概要とポイントを書いた紙を手元におくのはよいことです。難しい言葉や覚えにくい数字などはしっかりと紙を見て、確認するなり頭に入れ直すなりしてから、顔を上げて話を続けましょう。

非公式であっても、予定の時間を大幅に超えると参加者にとって迷惑です。手元の概要には、要所要所の進行時間、または残り時間のめども記入しましょう」

Q.聞く人の心に響くスピーチとは、どのようにすれば生まれるのでしょうか。

山口さん「田中角栄氏の名言の一つとされている言葉の中に、聞く人の心に響くスピーチの極意を語っているものがあります。

『初めに結論を言え。理由は3つに限定しろ。分かったようなことを言うな。気の利いたことを言うな。そんなものは聞いている者は一発で見抜く。借り物でない自分の言葉で、全力で話せ。そうすれば、初めて人が聞く耳を持ってくれる』

田中氏の言葉に付け加えるとすれば、『分かりやすく、具体的に話せ』だと思います。日本学術会議の会員候補だった学者6人の任命を見送った問題で、昨年10月、菅首相は『総合的、俯瞰(ふかん)的活動を確保する観点から判断した』と説明しました。この言葉が何を意味するのか分からないという声がツイッター上で相次ぎました。しかし、当初、首相や政府はこの言葉を繰り返すだけで、詳しい説明はなかったと思います。

その後、加藤官房長官は『総合的、俯瞰的』という表現は2003年に総合科学技術会議が出した『日本学術会議の在り方について』の中に書いてあると説明しました。と言われても、やはり、意味は分かりません。『分かりやすく、具体的な』説明がなければ、天国の田中角栄氏から“喝”が入ること必至です。『借り物でない自分の言葉で、全力で話せ! そうすれば、初めて人が聞く耳を持ってくれる』と」

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山口明雄(やまぐち・あきお)

広報コンサルタント

東京外国語大学を卒業後、NHKに入局。日本マクドネル・ダグラスで広報・宣伝マネージャーを務め、ヒル・アンド・ノウルトン・ジャパンで日本支社長、オズマピーアールで取締役副社長を務める。現在はアクセスイーストで国内外の企業に広報サービスを提供している。専門は、企業の不祥事・事故・事件の対応と、発生に伴う謝罪会見などのメディア対応、企業PR記者会見など。アクセスイースト(http://www.accesseast.jp/)。

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