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有能な人たちが集団で「失敗」する事実とどう向き合うか

世の中のさまざまな事象のリスクや、人々の「心配事」について、心理学者であり、防災にも詳しい筆者が解き明かしていきます。

橋本聖子大会組織委会長(2021年2月、代表撮影)、菅義偉首相(2021年6月)、丸川珠代五輪相(2021年2月)(いずれも時事)
橋本聖子大会組織委会長(2021年2月、代表撮影)、菅義偉首相(2021年6月)、丸川珠代五輪相(2021年2月)(いずれも時事)

 東京五輪は国民の多くが「やるべきでない」、あるいは「延期すべきだ」と考えているのに、いつの間にか、なし崩し的に「開催する」という前提で話が進んでおり、議論の焦点が「開催」か「延期」か「中止」かではなく、「観客を入れるかどうか」に移っているようです。

 このような状況を、太平洋戦争に突き進んでいったときの日本になぞらえて議論している人たちもいるようですが、実は太平洋戦争の開戦に限らず、「歴史的な失敗」と考えられるような幾つかの出来事について、「なぜ、そのような無謀な意思決定がなされてしまったのか」を後の世の社会心理学者が研究しています。

 今回は、社会心理学でいう「集団思考」というものの問題点を見ていきましょう。

つぶされる反対意見

 本題に入る前に、まずは「社会心理学」とは何かを説明します。例えば、私たちは「なるべく大きな声で叫んでください」というような極めて単純な頼み事をされた場合でも、1人で叫ぶ場合と複数人で叫ぶ場合とでは、声の大きさが全く違うことが知られています つまり、私たちは1人の場合と複数人の場合とで考えや行動が大きく変わるのです。

 人間社会の構造も、その中での私たちの考えや行動も実際には「叫ぶだけ」の実験と比べて、はるかに複雑でダイナミックな相互作用をしています。このような、2人以上の人の相互作用が発生している状況での、人間の考えや行動について扱うのが社会心理学です。従って、「集団での意識決定」の問題は社会心理学のとても重要なテーマの一つです。

 さて、米国の心理学者ジャニスは主に、米国の大統領とそのアドバイザーたちによってなされた、後に「失敗」と評価された意思決定の過程を分析しました。その結果、誤った意思決定がなされるときの共通の特徴を発見しました。それは次の3点です。

・意思決定集団の団結力が強い
・メンバーが共通のバックグラウンドや価値観を持っている
・周辺国からの脅威や民衆の反対など外圧にさらされている

 現在、東京五輪に向けた意思決定をしている人たちにこれらの特徴がピッタリ当てはまると感じるのは、筆者だけでしょうか。

 このような状態に陥ると、「自分たちの価値観」を過大評価するようになり、大多数のメンバーが、反対意見をつぶそうとするのはもちろん、少数のメンバーが個人として反対意見を持ったとしても、集団全体の意思に背かぬように「自己検閲」をするようになります。

 その結果、反対意見が集団内では表明されなくなり、代替案の検討が不十分になります。都合の悪いことを過小評価するようになったり、状況に応じた計画修正が行われなくなったりもします。

各個人は有能でも…

 実際、太平洋戦争開戦前の日本では、机上で「敗戦必至」のシミュレーション結果が出ていたのに過小評価されましたし、対する米国でも、日本が真珠湾を攻撃する可能性を過小評価していたようです。さらに、日本は戦況悪化後も不敗神話を信じて、状況に応じた計画修正ができずに多大な犠牲を出し続けました。

 ここで興味深いのは、このような間違った意思決定が有能な人物の集団で起きていることです。社会心理学者が研究対象としている「誤った意思決定をした集団」は当時のその国や組織のトップ集団ですから、当然、知識や経験が豊富な「有能な人物」で構成されていたはずです。

 しかし、各個人が正しい意思決定を行える有能な人物であったとしても、集団になった途端に、極端に危険な(または極端に保守的な)誤った結論を出しがちになることは、これまでの多くの社会心理学の研究結果が物語っています。読者の皆さんも、もしかしたら、ご自身の所属組織の会議などで似たような経験をされたことがあるかもしれません。

 では、私たちはここから何を学ぶべきなのでしょうか。このような問題の対応策として、「必ず、現在の選択肢に対する批判的議論を行ってみる」「リーダーが積極的な意思表明を避けて中立を保つ」「複数の小さな集団に分割して議論する」などの方法が提案されています。

 こうした対応策を東京五輪に向けてやってくれるかどうかは分かりませんが、少なくとも筆者は、こうした重要な意思決定に携わるメンバーは「集団の意思決定が個人の意思決定と異なる」こと、「集団での意思決定は、たとえ構成員が有能な人たちでも『失敗』することが多く、そのことは社会心理学的見地からも歴史的事実からも明らかである」ことを知っておいていただきたいと思っています。

 東京五輪開催の結果、新型コロナウイルスの感染爆発などネガティブな事象が発生し、「間違った決定だった」と評価されるかもしれません。一方、やってみたら意外とそうでもなく、「やっぱり、やってよかったじゃないか」となるかもしれません。あるいは、今からでも延期や中止の選択肢があるのかもしれません。

 変異株の出現やワクチン接種の進行状況など不確定な要素も多く、本当のところどうなるのかは未来から振り返ってみないと分かりません。しかし、時間を戻すことはできないので、東京五輪が多くの犠牲者を出した「歴史的な汚点」となることだけは避けていただきたいと思います。

(名古屋大学未来社会創造機構特任准教授 島崎敢)

島崎敢(しまざき・かん)

名古屋大学未来社会創造機構特任准教授

1976年、東京都練馬区生まれ。静岡県立大学卒業後、大型トラックのドライバーなどで学費をため、早稲田大学大学院に進学し学位を取得。同大助手、助教、国立研究開発法人防災科学技術研究所特別研究員を経て、2019年より、名古屋大学未来社会創造機構特任准教授。日本交通心理学会が認定する主幹総合交通心理士の他、全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者で、3人の娘の父親。趣味は料理と娘のヘアアレンジ。著書に「心配学〜本当の確率となぜずれる〜」(光文社)などがあり、「アベマプライム」「首都圏情報ネタドリ!」などメディア出演も多数。博士(人間科学)。

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