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教育再生実行会議が第12次提言 内閣主導の「教育再生路線」とは何だったのか

大学入試改革など、高等教育を中心にしたさまざまな問題について、教育ジャーナリストである筆者が解説します。

教育再生実行会議で発言する安倍晋三首相(当時)=2020年8月、時事
教育再生実行会議で発言する安倍晋三首相(当時)=2020年8月、時事

 政府の「教育再生実行会議」が6月3日、第12次提言をまとめました。鎌田薫座長(前・早大総長)は会合終了後、これが最後の提言になるとの見通しを明らかにしています。同会議は第1次安倍晋三内閣(2006年9月~2007年9月)に置かれた「教育再生会議」を復活させた上に「実行」の文字を付け加え、約8年半にわたって、教育全般の検討を行ってきました。内閣直属の会議体をてこにした「教育再生路線」とは、いったい何だったのでしょうか。

トップダウンから役割分担で「実行」へ

 もともと、文教政策は旧文部省以来、大臣の諮問機関である中央教育審議会(中教審)を中心に、教育関係者や教育学者のボトムアップを尊重しながら形成されてきました。そうした中、第1次安倍政権の教育再生会議は学校や教育委員会を「事なかれ主義」などと痛烈に批判。国民の教育不信に乗じて、内閣のトップダウンで教育の在り方を変えようとし、教育界の反発を招きました。

 安倍氏が2007年9月に退陣した後は、急速に提言をトーンダウン。福田康夫首相(当時)の下で最終(第4次)報告をまとめた後は「教育再生懇談会」に格下げされ、民主連立政権により2009年11月、正式に廃止されました。

 政権奪還を目指した安倍自民党には「教育再生実行本部」が置かれました。本部長だった下村博文氏は第2次安倍内閣の発足とともに、文部科学相兼教育再生担当相に就任。政府には第1次政権のときと同様、閣議決定に基づいて「実行会議」が設置されました。そこでは(1)党「実行本部」が大胆な政策として、「高めのボール」を投げる(2)それを受けた政府「実行会議」が政府として、「大方針」を決定する(3)中教審は実行会議の大方針に従って、具体化を検討する――という役割分担ができました。

 わずか半年足らずで第3次まで提言をまとめ、いじめ防止対策推進法の制定(2013年6月)、教育委員会制度改革(2014年6月に法改正)、大学のガバナンス(統治)改革(同)につなげるなど「実行」のスピードには目を見張るものがありました。

徐々に勢いもスピードも失う

 しかし、それ以降、勢いに陰りがみられます。2013年6月以降、民主党政権のときから中教審で審議されていた「高大接続改革」を引き取り、第4次提言(2013年10月)では、大学入試センター試験の後継テストとして、基礎レベルと発展レベルの2つを一体で実施する「達成度テスト」構想を打ち出したものの、差し戻した中教審にひっくり返され、最終的に前者は高校教育の質保証のため任意で活用する「高校生のための学びの基礎診断」、後者は「大学入学共通テスト」とされました。

 以後、会合や提言の間隔が空くようになり、提言内容も党「実行本部」の提言に色を付ける程度だったり、中教審などで検討していた流れを追認するだけだったりするものが目立ちます。それでも、2017年6月に第10次提言にまでこぎつけましたが、第11次提言は約2年後の2019年5月。しかも、会合自体、それから1年余り開かれませんでした。

 今回の第12次提言は約2年ぶりの提言となります。それも、2020年からの新型コロナウイルス感染症流行で、休校措置が長引いたことをきっかけに急浮上した「秋入学」論議に始末をつける役割でした。そのため、内容も迫力不足が否めません。

政策決定過程、不透明に

 菅義偉内閣の発足(2020年9月)に伴い、党「実行本部」は廃止され、政務調査会(下村政調会長)の下に「教育再生調査会」が置かれています。党→政府→中教審=文部科学省という「教育再生実行」路線は安倍氏の退陣とともに、形として終わっていたともいえます。

 もっとも、既に安倍政権下で、実行会議の会合や提言が間延びしていた時期に変化が起きていたとみることもできます。経済財政諮問会議などの動きをにらみながら、政務三役などが主導する格好で、文科省が先取りして、政策を打ち出すようになったからです。

 その典型が2018年6月に発表された「Society5.0に向けた人材育成 ~社会が変わる、学びが変わる~」でした。私的な大臣懇談会の、しかも、省内の若手を中心としたタスクフォース(特別作業班)がまとめた報告書で「公正に個別最適化された学び」が打ち出されましたが、これは同時期に経済産業省の研究会が提唱した「個別最適化学習」との差異化を図る狙いもあったとみられます。いずれにしても中教審は蚊帳の外でした。

「個別最適な学び」はコロナ禍で再注目され、1月の中教審答申の提言にも入りました。しかし、学校現場は2020年度の小学校から順次、全面実施に入っている新学習指導要領に基づき、「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング=AL)」による授業改善にまい進しているところです。そこで、答申はこれまで行われてきた「指導の個別化」「学習の個性化」を学習者目線で言い換えたものが「個別最適な学び」だと弁明しています。

 こうした用語の混乱にみられるように、既に安倍長期政権の下で、文教政策においても政策決定過程が不透明になっていた側面にも注目すべきでしょう。第1次政権から続いた教育再生路線の実質的な終わりによって、透明性は戻るのでしょうか。

(教育ジャーナリスト 渡辺敦司)

渡辺敦司(わたなべ・あつし)

教育ジャーナリスト

1964年、北海道生まれ、横浜国立大学教育学部卒。日本教育新聞記者(旧文部省など担当)を経て1998年より現職。教育専門誌・サイトを中心に取材・執筆多数。10月22日に「学習指導要領『次期改訂』をどうする―検証 教育課程改革―」(ジダイ社)を刊行。

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