学生の「オンライン授業」批判はお門違い? 求められるのは、コロナ禍の交流
世の中のさまざまな事象のリスクや、人々の「心配事」について、心理学者であり、防災にも詳しい筆者が解き明かしていきます。

コロナ禍も2年目に突入し、各地の大学の中には「新2年生向けの入学式」を開いたところもありました。昨年春に大学に入学した彼らを巡っては「ほとんど、キャンパスライフを送れない彼らがかわいそう」「対面授業ができないなら、学費を返すべきだ」といった議論が沸き起こっています。大学側も「対面授業を行う」と宣言したところは入学希望者が増え、逆に「オンラインを中心にする」としたところは希望者が減るなどの現象も起き始めているようです。
オンライン授業には、単なる感染防止策を超えたメリットがあると筆者は考えているのですが、一方で、学生たちがオンラインに不満を感じるのも理解できます。今日はこの点について、大学教員の立場から、そして、かつて、キャンパスライフを送った立場から、少し整理をして考えてみたいと思います。
教育面では有利なはずだが…
まず、筆者は「大学教育」をひとくくりに考えるべきではないと思います。大学で行われている教育はざっくり言って、3種類に分けられます。
(1)教室で教員が学生に一方的にしゃべる「講義型授業」(2)実際に手を動かして、研究等のノウハウを習得する「実験・実習型授業」(3)教員や学生間でのディスカッションを行う「ワークショップ・ゼミ型授業」です。そして、大学には、大学当局が積極的に行っているわけではありませんが、(4)キャンパス内やサークル等で自然発生する「学生同士の交流」という「機能」もあります。
この中で、学生たちが最も不満を感じているのは(4)の学生同士の交流の欠如ではないかと筆者は考えています。大学教員(というか大人)は「大学生は大学で勉強を中心にするものだ」と考えていて、実際にそうあるべきなのかもしれません。しかし、自分が大学生だった頃を思い出してみてください。本当にそうだったでしょうか。
少なくとも、筆者自身は大学で勉強をしようなどという気はほんの少ししかなく、新しい友達や異性と出会い、交流し、ついでに高校まではできなかったような、さまざまな遊びを体験し、青春を謳歌(おうか)しようと考えていました。そして、実際にそのようにしたと記憶していますし、実は、それらの経験から学び取ったことは大学の講義で聞いた内容と同じかそれ以上に、その後の人生に大きな影響を与えている気がします。
感染防止のために授業が全てオンラインになり、キャンパスに行けないというのは、この(4)の機能を完全に停止することにほかなりません。しかし、大学は「(1)~(3)を提供すればOKだ」と考えているので、このあたりがすれ違いの原因なのかもしれません。
実際、少なくとも(1)の講義型授業に関しては対面よりも、オンデマンド型と呼ばれる、録画された講義をインターネット利用で見る形式の方が圧倒的に優れていると筆者は考えています。
対面型授業では、ちょっとぼーっとしていたり、居眠りをしたりして授業を聞き逃したら終わりですが、オンデマンドなら、すぐ元に戻って、繰り返して授業を受けられます。理解が早い人は再生速度を1.5倍にしてもいいし、後ろの席に座ったために黒板が見えないとか、隣の学生がしゃべっていて教員の声が聞こえないなんてこともありません。
好きなときに、好きな場所で、好きな端末を使って、電車での移動中でも授業を受けられます。地方の学生にとっては、高額な学費に加えて、1人暮らしの家賃や生活費を出してもらう必要もなくなるかもしれないので、教育の地域間格差解消という意味でも、オンラインの授業は推奨されるべきです。
教員側からしてみても、教室で手を挙げて質問する学生はほとんどいませんが、授業のチャットなどに質問を投げてくる学生は結構たくさんいて、皮肉なことに遠隔授業の方が学生の様子がよく分かるという面もあります。
(2)の実験・実習型の授業は伝えられることが遠隔では限られるし、大学にしかない実験器具などを使う場合もあり、やはり、対面に軍配が上がると思います。しかし、例えば、(1)の講義型授業をオンラインに切り替えてしまえば、講義に使っていた広々とした教室でソーシャルディスタンスを保ちつつ、実験や実習ができそうです。
(3)のワークショップやゼミは社会人の皆さんがやっているオンライン会議と同じで、対面の方が若干円滑ではあるものの、オンラインでもそれほど大きな支障はないように思います。移動時間や交通費を考えたら、プラスマイナスゼロか、メリットの方が大きいかもしれません。

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