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成功者はなぜ「普通のこと」を大事にするのか 「凡事徹底」が意味するもの

就活や転職、企業人事のさまざまな話題について、企業の採用・人事担当として2万人超の面接をしてきた筆者が解説します。

イチローさん(2019年3月、時事)
イチローさん(2019年3月、時事)

 経営の神様、パナソニック創業者の松下幸之助さんや、イエローハット創業者の鍵山秀三郎さんが座右の銘としていたことで有名な「凡事徹底」という言葉があります。「普通のことをちゃんとやる」「徹底してやり続ける」ことが最終的には、非凡な成果をもたらすという意味です。他にもさまざまな成功者が似たようなことを言っています。例えば、日米通算4367安打を放ったイチローさんも「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただ一つの道」とおっしゃっていますが、これもまた、要は「凡事徹底」ということだと思います。

「普通のこと」を続ける難しさ

 どうして、このように多くの成功者が「凡事徹底」を唱えるのでしょうか。素朴に考えると、大きなことを成し遂げる人は「普通のこと」ではなく、人とは違う「特殊なこと」をしたように思えますが、多くのビジネス上の成功者と言われる人を実際に見ていると、確かに「特殊なこと」「奇抜なこと」をしているわけではなく、「普通のこと」をしっかりと着実に、長期にわたってやり遂げた人が多いような気がします。

 筆者の昔の上司で、現在、立命館アジア太平洋大学(APU)学長を務める出口治明さんも「人間ちょぼちょぼ主義」という言い方で「そんなに人の能力自体は変わらず、結局は、やるかやらないかだ」との趣旨のことを言っていました。凡事でも徹底することで、大きな実りがあるというのは真実のようです。

 これは、筆者のような凡人にとっては大変勇気づけられる言葉でもあります。「普通のこと」を徹底してやり続けるだけで、何かを成し遂げられるのですから。それなら、なんとなく自分にもできるのではないかと思います。やればいいだけなのですから。しかし…物事はそううまくいきません。それができないから、一部の成功者と多くの凡人とに分かれるのでしょう。

 そう。「普通のことをちゃんとやる」というのは、実はとても難しいのです。そして、それを続けることはさらに難しいことなのです。振り返ってみれば、筆者も、やればいいだけのことをできなかったことがどれだけ多いことか。語学や読書、ダイエット、そして、仕事。数え上げればキリがありません。

人はずぼらになり、飽きてしまう

 ではなぜ、「普通のことをちゃんとやる」ことができないのでしょうか。理由の一つは、人間はどんなことも慣れてしまうと横着になって、ずぼらになるということです。会社に入りたてのとき、新しい仕事に就くときなど、緊張して、一つ一つミスがないように、それこそ「凡事徹底」の精神で丁寧に物事を進めます。

 しかし、慣れてきて自信がついてくると「これまでもできていたのだから、適当にやっても今回もできるだろう」という気分になってきます。それで確認を怠ったり、何かの工程を飛ばしたりしてしまう。そうして出来上がったものは形だけはできていても、雑でクオリティーの低いものになってしまうわけです。

 もう一つの理由は、人間の持つ好奇心からくるものです。人間は同じことをずっとし続けると、だんだんと飽きてしまいます。そうすると「凡事」ではなく、「特殊なこと」を試してみたくなるものです。王道をしっかり歩くのではなく、「何かショートカットがないだろうか」と探すのです。

 もちろん、そうすることで改善や発明が生まれることもあるでしょうから、好奇心自体に問題があるわけではありません。しかし、「凡事」をやめてしまうことには問題があります。というのも、人が何かの能力を身に付けるためには同じことを繰り返し続けて、無意識でもできるぐらいに習慣化することが必要だからです。

「飽きるまで」でなく「快適になるまで」

 何かをしていて「飽きがくる」ということは、まだ意識的に仕事をしている証拠で、その能力は身に付いてはいません。語学でも自転車に乗ることでもビジネススキルでも、能力は一度身に付く(無意識でも、できるようになる)と維持しやすいものですが、身に付かないうちに練習をやめてしまえば、また徐々にゼロの段階に戻ってしまいます。

 もし、何かが無意識でもできるようになれば、意識を使わないので「飽きる」ということが起こりません。無意識でやっていることは苦にならないのです。むしろ、何も考えなくていいわけですから、身に付いたルーティンは快適さをもたらします。

 つまり、「凡事徹底」を多くの人ができないのは根底に「飽きるまでやってみよう」という考えがあるからです。本当は「快適になるまでやる」ことが必要なのです。転職を希望する人の中に「今の仕事に飽きたから転職したい」という人がいますが、筆者から見ると「まだ能力が身に付いていないのに、もったいない」と思うことが多いです。その状態で新しい仕事に移ると、履歴書上では確かにキャリアになっていても、実際はどの能力も不十分な人が出来上がってしまうのです。

 一流の人はルーティンワークを厭(いと)いません。皆さんも(筆者も含め)何かをするときは、努力しなくても自然に「凡事徹底=普通のことをちゃんとやる」ができるよう、継続していくことが大切なのではないでしょうか。

(人材研究所代表 曽和利光)

曽和利光(そわ・としみつ)

人材研究所代表

1971年、愛知県豊田市出身。灘高校を経て1990年、京都大学教育学部に入学し、1995年に同学部教育心理学科を卒業。リクルートで人事採用部門を担当し、最終的にはゼネラルマネジャーとして活動した後、オープンハウス、ライフネット生命保険など多様な業界で人事を担当。「組織」「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法を特徴としている。2011年、「人材研究所」を設立し、代表取締役社長に就任。企業の人事部(採用する側)への指南を行うと同時に、これまで2万人を超える就職希望者の面接を行った経験から、新卒および中途採用の就職活動者(採用される側)への活動指南を各種メディアのコラムなどで展開している。著書に「組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス」(共著、ソシム)など。

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