「自分は受かって彼は浪人、会うか会わないか」 女子大生の問いに心理学は?
世の中のさまざまな事象のリスクや、人々の「心配事」について、心理学者であり、防災にも詳しい筆者が解き明かしていきます。
心理学は人間の心のことを扱っているので、人間のおおよそありとあらゆる営みと関係があります。そこで、心理学関係の授業では学生に「授業のテーマと関係ないことでもよいので、どんなことでも質問するように」と伝えています。最近の若い人たちが授業の場で手を挙げることはまれですが、ネット経由では割と多くの質問が飛んできます。
そして、一見すると授業と何の関係もなさそうな「お悩み相談」みたいなものを、いかに心理学にこじつけて答えるかが、心理学を教える教員の腕の見せどころではないかと筆者は考えています。というのも、その学生が今抱えている悩み、つまり、最も興味のあることと心理学の結びつきとが分かれば、「単位が欲しいから」とか、「たまたま1コマ空いている所に心理学の授業があったから」といった外発的動機づけを「面白そうだから勉強したい」という内発的動機づけに変えることができるからです。
今日はその一例を紹介しようと思います。
「会わなければ、好感度が下がる」?
数年前の、ちょうどこの時期だったと思います。ある大学1年の女子学生から、「自分は大学に受かって大学生活を始めたが、彼は浪人してしまった。会いたい気持ちはあるけれど、勉強の邪魔になるような気がするし、彼が合格するまで会わないという選択肢も考えている。心理学的に見て2人の未来がよりよくなるのは、会う、会わない、どっちだと思いますか?」という趣旨の質問が寄せられました。
もしかしたら、今まさに同じような悩みを抱えている人もいるかもしれませんね。こういう切実な悩みが寄せられれば、教員としては「シメシメ」といったところです。ちなみに筆者は「みんなのためになりそうな質問なら、質問者の名前は明かさないが、授業の中で回答する」という宣言もしています。そこで、次の週の授業で、この質問への回答として「単純接触効果」の説明をしました。
「単純接触効果」を世間に広まっている程度に、非常に平たく説明すると「よく会う人は好感度が上がる」(逆に言えば、会わなければ好感度が下がる)というものです。従って、これに照らせば、「会わなければ、お互いの好感度が下がってしまう」ことになります。しかし、本当にそうでしょうか。単純接触効果を明らかにするために、ザイアンスという米国の心理学者が行った実験は次のようなものです。
被験者に対して、たくさんの知らない人の顔写真を2秒ずつ提示します。写真の提示回数はまちまちで、たくさん提示される人から1回しか提示されない人までいます。その後、被験者は同じように顔写真を見せられて、その人に対する「好感度評価」をします。このとき、評価する顔写真は先ほど何度か見た人の写真のほか、このとき初めて見る写真も含まれています。
見せる写真の人のイケメン度は元々一定ではないので、どの写真を何回見せるかは被験者によって変えます。そして、好感度評価の結果を見ると「事前に何度も写真を見た人の好感度が高く評価される」というのが「有名な」ザイアンスの単純接触効果の実験です。付け加えるなら、この実験で使われた写真は筆者が見る限り、比較的イケメンぞろいです。
この実験結果は独り歩きしている感があり、「好きな人とは、会う機会を増やせば好きになってもらえる」という言説が至る所に出回っています。しかし、ザイアンスの実験結果を見る限り、あくまでも写真の「見た目」の好感度に対して、2秒間の顔写真の提示を繰り返すと、質問紙による好感度の回答評価値が上がるというのが事実です。
写真を「見る」行為は人と人が「会う」行為とはかなり異質です。だから、例えば、話がつまらない人とか、性格が悪い人と繰り返し会った場合にどうなるかは全く明らかになっていません。まして、既にお互いの好感度が非常に高くなった結果付き合っている2人が「会う、会わない」で関係性がどう変わるかは全く説明できません。
だから、「こういう実験結果はあるけど、彼と会うべきかはよく分からないので、自分で決めてね」というのが筆者の回答でした。ちなみに、これはお決まりのパターンで、ほかの質問のときも質問に関連する研究は紹介しますが、最後は「よく分かんないから、自分で決めてね」という回答をしています。
「なんだ、結局分からないんじゃないか」と思われた読者もいらっしゃるかと思いますが、実は、私がこの記事の中で言いたいのはまさにそこなのです。実験心理学は極めて限定的に統制された(他の条件を同じにした)条件下で、多くの被験者の平均的な反応がどのようになるかを明らかにしているにすぎません。
一つ一つの研究は心のメカニズムの一端は明らかにしてはいますが、目の前の具体的な1組のカップルの将来が、会う、会わないでどうなるかを予測するほどの説明力を持っていないというのが実態です。結局、2人の問題は2人の問題で、「確率的には実験結果の通りになる可能性が高いかもしれないが、そうならないときもある」、つまり、「よく分からん」というのが現代の心理学の限界でもあるのです。
もちろん、2人の将来を予測できそうな研究はザイアンスの単純接触効果の研究の他にもたくさんありますので、いろんな研究論文を読みあさり、総合的に知識を身に付けていけば、「参考」になることはたくさんあるでしょう。そして、質問をくれた学生がそのことに気付いて、論文を読みあさるようになってくれたらいいなあというのが「どんなことでも質問に答えますよ」と言っている狙いでもあります。
このような身近な実例に基づいた説明は心理学の初学者にとって、とても大切な経験だと筆者は考えています。そして、心理学が万能ではないことを知り、分からないなら自分で研究してみるかという気持ちになることが、心理学への入り口の第一歩かもしれませんし、悩みを抱えつつも前に進むきっかけになるかもしれません。
(名古屋大学未来社会創造機構特任准教授 島崎敢)
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