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無気力から一転 ひきこもり長男が「家計簿」「自炊」で取り戻した生きる力

ひきこもりの人が少しずつ立ち直るには、どのような行動が効果的なのでしょうか。40代のひきこもり男性のケースを元に専門家が解説します。

ひきこもりの長男、少しずつ自信を取り戻して…(写真はイメージ)
ひきこもりの長男、少しずつ自信を取り戻して…(写真はイメージ)

 筆者はひきこもりの人やその家族に対する支援を行っており、以前、40代のひきこもりの息子(長男)を持つある母親から相談を受けました。母親によると、長男は20代の頃に職場でいじめや嫌がらせを受けたことで自信を失い、家にひきこもるようになりました。相談当時は両親との関係があまりよくありませんでしたが、筆者のアドバイスを元に行動を起こすことで、少しずつ自信を取り戻していきました。

「親子で家計管理」が自信に

 筆者は相談終了後もご家族が望めば、定期的に情報交換をすることにしています。ある日、先述の40代ひきこもりの長男を持つ母親から、次のような報告を受けました。

「以前、先生にアドバイスいただいた『親子で家計管理(簡単な家計簿をつけてみる)』ですが、相談後にアドバイスを長男に伝えたところ、その気になってくれて、現在も家計管理は続けています。目標もなく、何もすることがなかった当時は親子の会話もほとんどありませんでしたが、今は共通の話題ができたので、長男とよく話をするようになりました」

「それは、よかったですね。何かに集中できるものがあると気分転換にもなりますし、会話することで心の中のモヤモヤも少しは晴れると思います」

「そうですね。以前に比べ、長男も少しは元気になったように感じられます。実は家計管理を続けることで自信がついたのか、長男から、『次にやることを先生に聞いてきてほしい』と言われました。何か長男にできそうなことはありますか?」

 長男は無職なので、本当なら就労に関する話もしてみたいところです。そこで、筆者は念のため、母親に聞きました。

「例えば、『就労支援を受けて仕事を再開する』ということは今も厳しそうですかね?」

 母親はしばらく考え込んだ後、ゆっくりとした口調で答えました。

「やはり難しいと思います。長男は仕事のことを考えるだけで当時のつらかった状況が想起され、パニックになってしまいますので…」

 長男は人間関係でつまずきやすい傾向にあったようで、今まで、さまざまな職場でつらい経験を重ねてきました。会話のキャッチボールが苦手で相手の求めている返答をすることが難しく、その結果、相手をイライラさせてしまい、いじめや嫌がらせの標的にされてしまうこともありました。そのようなことが続いたためか、長男はいつしか、家にひきこもるようになっていたのです。

「せっかく長男がやる気になったので、さらに何かを始めて自信をつけてほしい」

 そう思った筆者は母親に、ある提案をしました。

未経験の料理にチャレンジ

「それでは、自炊はどうでしょうか? 私が今までご相談を受けたご家族の中にも、親亡き後を見据えて自炊をしているお子さんは結構いますよ」

「自炊ですか。長男は包丁も使ったことはありませんし、果たしてできるかどうか…」

「息子さんができるところからで構いません。例えば、『炊飯器を使って米を炊く』『お母さまの食事作りのお手伝いをする』、そのようなところから始めてみてはいかがでしょうか?」

「そうですね。そのくらいなら、長男にもできそうです」

「食材が切れるようになったら、次はカレーにチャレンジしてみるとよいと思います。ポイントは『できるだけ手間をかけずに』です。食材はタマネギ、ニンジン、豚肉で十分。切った食材をそのまま鍋に入れて、中火で20分も煮れば火も通ります」

「煮る前に食材を炒めなくてもよいのですか?」

 母親は少し驚いた様子でそう聞きました。

「全然大丈夫です。私もそのような作り方ですが、十分おいしくできますよ。カレーが作れるようになったら、レパートリーも広がります。タマネギ、ニンジン、豚肉の3つをベースにして、シチューのルーを入れればシチューに、和風だしとみそで豚汁にもなります。しょうゆとみりんで味付けし、ジャガイモを入れれば肉じゃがです。キムチと豆腐、和風だしとコチュジャンを入れればスンドゥブ風にもなります。慣れてくれば、いろいろな食材を入れたくなって、料理を楽しむようになるかもしれません」

「そうなるとよいですね。先生も自分で料理をしていると聞けば、長男もチャレンジしてくれると思います。早速、長男にも伝えてみます」

 母親はそう言いました。

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浜田裕也(はまだ・ゆうや)

社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー

2011年7月に発行された内閣府ひきこもり支援者読本「第5章 親が高齢化、死亡した場合のための備え」を共同執筆。親族がひきこもり経験者であったことから、社会貢献の一環としてひきこもり支援にも携わるようになる。ひきこもりの子どもを持つ家族の相談には、ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として、利用できる社会保障制度の検討もするなど、双方の視点からのアドバイスを常に心がけている。ひきこもりの子どもに限らず、障がいのある子ども、ニートやフリーターの子どもを持つ家庭の生活設計の相談を受ける「働けない子どものお金を考える会」メンバーでもある。

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