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嫉妬や“お手並み拝見”は禁物 「抜てき人事」成功に必要なこと

就活や転職、企業人事のさまざまな話題について、企業の採用・人事担当として2万人超の面接をしてきた筆者が解説します。

堺雅人さん(2017年10月、時事)、半沢淳一氏(2020年12月、同)
堺雅人さん(2017年10月、時事)、半沢淳一氏(2020年12月、同)

 新年度のスタートが近づき、人事異動の内示が出た人もいると思います。今春の人事といえば、三菱UFJ銀行でリアル“半沢頭取”が誕生するというニュースが話題になりました。4月1日に新頭取となる半沢淳一氏がドラマ「半沢直樹」の主人公と同じ名字で、原作者と同期入行でもあるなどの関係から話題となった面が大きいのですが、異例の13人抜きでの昇格も記事の見出しになりました。

 メガバンクのような巨大企業でこのような異例の抜てきは、それがニュースになるぐらい日本ではなかなか珍しいものです。初対面で、まずはお互いの学年を確認するぐらい、儒教の影響で「長幼の序(年長者を敬うこと)」を重視する日本らしい現象といえるでしょう。もっとも、2015年に三井物産の安永竜夫氏(当時54歳)が32人抜きで社長に抜てきされるなど、大手企業でもじわじわ増えてきてはいますが。

 今回は、若手社員や中堅社員も含めた「抜てき人事」の成否について考えてみます。

「お手並み拝見」の排除が必要

 若手やグレードの低いポジションにいる優秀な人材を、年齢や役職を飛び越えて、経営側が抜てきしたがるのはなぜでしょうか。まず単純に、優秀な人材の能力を早く会社のために活用したいということがあるでしょう。

 また、事業がグローバル化していく中、ビジネスの相手となる欧米や中国企業は幹部層の年齢が若いことも多いので、そこに同じ世代の若い経営幹部をあてることで、世代間ギャップのないコミュニケーションができるという意図があるかもしれません。いずれにせよ、長幼の序などの壁があっても多大なメリットがあると思って抜てき人事をするわけです。

 しかし、抜てき人事が成功しないケースがあるのも現実です。抜てきをされたものの、なかなか成果を出すことができず、本人が自信喪失してしまうこともありますし、周囲からの信頼を失って転職を余儀なくされたり、降格人事となったりするケースもあります。成功していない事例があるから、各社とも抜てき人事をためらい、「○○人抜き」が大きなニュースになるのかもしれません。抜てきされるぐらいですから、個人としては優秀だったはずです。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。

 抜てき人事が失敗するケースをいろいろ見てきたところ、多くの場合、原因は抜てきされた本人にはありませんでした。最も多かったのは受け入れ側、環境の問題でした。若手が抜てきされると、彼・彼女に追い抜かれた人たちを含め、周囲の人は好奇と嫉妬が入り交じった目で「お手並み拝見」≒「どれぐらいの実力があるか見極めてやろう」という態度を取っていたのです。

 しかし、そのような態度は禁物です。「同じチームの人間を遠目から眺めて実力を測る」ことなどやめるべきです。一緒に力を合わせて成功を目指せばよいのに、そういう態度をしていては彼・彼女がつぶれてしまいます。

まず支援し、評価は後から

 抜てきされる人はある意味「出るくい」です。「お手並み拝見」はそれを打とうとするまではいかずとも、積極的にサポートをしないという意味では「出るくいを打つ」に近い態度です。このような態度を、引き上げた側のリーダーは厳しく戒めなくてはなりません。

 逆に、抜てきされた人を周囲が寄ってたかってサポートするぐらいでちょうどいいのです。「昇進うつ」という言葉があるぐらい、昇進は職務難易度や周囲の期待も変わり、ストレスフルな状況です。どんなに優秀な人でも倒れる可能性があります。評価をするのは彼・彼女が立場に慣れたその後でよく、高みの見物的態度を決して許してはいけないのです。

 それなのに「お手並み拝見」「高みの見物」が起きるのは抜てきした側、リーダーが「自分は公平である」「ひいきなどしていない」と思われたいからです。経営者がフェアであるべきなのは確かですが、そのために、抜てきした彼・彼女へのサポートをしない、手出しをしないというのはいただけません。

「えこひいき」する経営者だとしばらくは思われようが、優秀な人材をつぶさないためにも、周囲への協力依頼や直接のサポートをすべきです。「えこひいき」と思われたくないなどというのはつまらない気持ちです。開き直りましょう。

 そうして、抜てきした若手が結果を出すまでしばらく待っていれば、そのうち、周囲の「えこひいきだ」という雑音はなくなるはずです。抜てきされた上に結果を出せた人に文句を言う人は、今度はそちらの方が「ねたみ」「そねみ」だと格好悪くなるからです。

 抜てき人事は単純に昇進を決めることで終わるのではなく、その人が一定の成果を出すところまで見届けて、ようやく終わりなのです。抜てき人事をする際は、そこまできちんと面倒を見切るという覚悟を決めてからしなければ、せっかくの逸材を失ってしまう上に、社内の優秀な若手が「抜てきされたくない」となってしまうかもしれません。

 今春、抜てき人事があった会社では周囲の皆さんはぜひ、「お手並み拝見」などせず、積極的にサポート役になってほしいと思います。それは結果的に自社を強くし、自分たちの利益にもつながるはずです。そして、抜てきされた人たちはここまで述べたような事情も踏まえて、周囲の協力があってこその自分の活躍だということを忘れないでいただきたいと思います。

(人材研究所代表 曽和利光)

曽和利光(そわ・としみつ)

人材研究所代表

1971年、愛知県豊田市出身。灘高校を経て1990年、京都大学教育学部に入学し、1995年に同学部教育心理学科を卒業。リクルートで人事採用部門を担当し、最終的にはゼネラルマネジャーとして活動した後、オープンハウス、ライフネット生命保険など多様な業界で人事を担当。「組織」「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法を特徴としている。2011年、「人材研究所」を設立し、代表取締役社長に就任。企業の人事部(採用する側)への指南を行うと同時に、これまで2万人を超える就職希望者の面接を行った経験から、新卒および中途採用の就職活動者(採用される側)への活動指南を各種メディアのコラムなどで展開している。著書に「定着と離職のマネジメント『自ら変わり続ける組織』を実現する人材流動性とは」(ソシム)など。

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