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政治家の「仮定の質問には答えられない」発言、危機管理上問題はないのか

記者会見などで「仮定の質問には答えられない」とよく口にする政治家がいます。危機管理上、どのような点が問題なのでしょうか。

菅義偉首相(2020年10月、時事)
菅義偉首相(2020年10月、時事)

 記者会見などで「仮定の質問には答えられない」という言葉をよく口にする政治家がいます。例えば、菅義偉首相は首都圏1都3県への、2度目の緊急事態宣言を伝える1月7日の記者会見で、記者から宣言延長の可能性について問われ、「仮定のことについては、私からは答えは控えさせていただきたい。とにかく、1カ月で何としても感染拡大防止をしたい」と返答、翌日、テレビ番組に出演して同様の質問を受けた際にも「仮定のことは考えない」と答えました。

 こうした一連の言動に対して、ネット上では批判の声も出ていますが、政治家の「仮定の質問には答えない」という姿勢に危機管理上の問題はないのでしょうか。報道番組の制作にも詳しい広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。

危機管理を構成する「3本の矢」

Q.そもそも、政治家が危機管理をする上では、どのようなことが求められるのでしょうか。危機管理の基礎について教えてください。

山口さん「危機管理は『3本の矢』で構成されるというのが世界の危機管理における定説です。将来起こるかもしれない危機に対応する『リスク管理』、今発生している危機に対処する『危機管理』、国民に対して危機の内容を説明する『危機管理広報』の3本です。危機管理とはこれら3本の矢を必要に応じて個別に、あるいは同時に放つことです。

政治家に限らず、日本人の多くは先述の『リスク管理』と『危機管理』を混同しています。その原因の一つは日本語の『危機』が、将来起こるかもしれない危機と今発生している危機を区別していないからです。英語では、将来起こるかもしれない危機は『リスク』、今起こっている危機は『クライシス』とそれぞれ区別しています。

政治家が危機管理をする場合、直面している危機の対処だけではなく、今後起こり得る危機についても対応した上で国民に説明しなければなりません。そうしなければ、世界の潮流から見て、危機管理を行っているとはいえません」

Q.では、政治家が「仮定の質問には答えられない」といった言葉を口にすることは危機管理上、どのような点で問題なのでしょうか。また、こうした対応は国民の不信感を高めることにつながらないのでしょうか。

山口さん「菅義偉首相は官房長官時代も含め、記者や他の国会議員の質問に対して、『仮定のことには答えられない』『仮定のことは考えない』といった回答を何度もしています。また、女性蔑視発言がきっかけで、東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長辞任を2月12日に表明した森喜朗氏はその10日前、自民党本部での会合で『コロナがどういう形だろうと(東京五輪は)必ずやる』と言いました。

危機管理の観点からすれば、菅首相や森氏の発言は今後起こるかもしれない危機である『リスク』を完全に無視しており、国民が『対策について何も考えていないのか』『場当たり的に対応するのか』『将来何が起ころうと責任を取らないのか』などと不信感を抱くのは当然です。また、リスクを検討しなれば、政策が行き詰まる原因となるのは火を見るより明らかです。さらに、リスクを検討したとしても、その検討内容を国民に説明しなければ、危機管理を実践しているとはいえません」

Q.なぜ、政治家は「仮定の質問には答えない」という言葉を使いたがるのでしょうか。

山口さん「『裁判での証人の役割を自分たちに都合よく当てはめているのではないか』という説があります。証人の役割はあくまで、事実を話すことであり、自分の意見や臆測を言うことは許されていません。そのため、裁判中に仮定の質問のような、証人が臆測で答える恐れのある質問が投げ掛けられた場合、弁護士が異議を唱えれば、たいていはその異議が認められます。

確かに仮定の質問に答えなければ、政治家は言質を取られることはまずありませんが、これはねじ曲げた解釈だと思います。裁判の証人と違い、政治家に求められることは、事実を話すだけではなく、将来の展望や将来の危機について語ることなのではないでしょうか。つまり、仮定の質問にも回答することが政治家に求められる重要な仕事なのです」

Q.新型コロナウイルスの感染対策や東京五輪の開催問題など、さまざまな課題が山積する中、政治家は危機管理についてどのように対処すべきなのでしょうか。

山口さん「現在、国民の最大の関心事の一つは『東京五輪・パラリンピックが開催されるかどうか』です。各種の世論調査では、80%以上の国民が『中止か延期すべきだ』と考えています。最大の理由は新型コロナウイルスの感染拡大の危険に対する恐れですが、政府の危機管理の欠如も東京五輪・パラリンピックに対する国民の支持率が低下した原因の一つではないかと思っています。

『実施するか、中止か、再延期か』を決定するのは国家的な危機管理の事案です。その決定はアスリートや大会関係者はもちろん、国民全体に、国内の経済に、国内の新型コロナウイルスの感染対策に多大な影響を与えます。また、日本の危機管理の現状を世界に発信することにもつながります。

決定の期限まで約1カ月しかないといわれる中で、政治家が『新型コロナウイルスの感染状況次第だから、仮定の議論は意味がない』『最終判断をするのはIOC(国際オリンピック委員会)であり、政府ではないから、議論の必要はない』と考えているとすれば、国家的な危機に政治は向き合っていないと言われても仕方がないと思います。

政治家は記者などから、仮説に基づいた疑問を投げ掛けられたときは積極的に答えるべきです。また、感染の状況に応じて『中止する』『無観客で実施する』『観客は日本在住の人だけとし、外国からの観客は受け入れない』など多くの選択肢があることを国民に説明し、政府としての現時点の考えを示す必要があります。

先述の森氏のような『どうなろうと五輪は必ずやる』という姿勢では国民の意識は変わりませんが、さまざまなケースを挙げて議論すれば、『五輪は可能であればやろう』という方向に世論が動く可能性もあります。今後、政府が積極的に情報発信をしていけば、国民の議論と意識は高まり、どのような結果になろうともその決断を受け入れ、政府への信頼を深める人たちが増えると思います」

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山口明雄(やまぐち・あきお)

広報コンサルタント

東京外国語大学を卒業後、NHKに入局。日本マクドネル・ダグラスで広報・宣伝マネージャーを務め、ヒル・アンド・ノウルトン・ジャパンで日本支社長、オズマピーアールで取締役副社長を務める。現在はアクセスイーストで国内外の企業に広報サービスを提供している。専門は、企業の不祥事・事故・事件の対応と、発生に伴う謝罪会見などのメディア対応、企業PR記者会見など。アクセスイースト(http://www.accesseast.jp/)。

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