テレビ番組出演者は「マスク」を着用しなくてもいいのか
コロナ禍の中、テレビ業界で番組出演者の「マスク」着用が広がらないのはなぜでしょうか。専門家に聞きました。

テレビ番組では連日、新型コロナウイルスの感染予防が呼び掛けられていますが、出演者は互いに距離を取るなどしているもののマスクを着用していないことが多く、ネット上では批判の声もあります。今年に入って、TBSの一部情報番組やテレビ東京の報道番組で、出演者がトークをするときにマスクを着用するようになり、ネット上では「素晴らしい取り組み」「他局も見習うべきだ」など称賛の声が寄せられていますが、これに追随する番組は少ないようです。
なぜ、テレビ業界では番組出演者のマスク着用が広がらないのでしょうか。報道番組の制作にも詳しい広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。
着用した方が説得力はあるが…
Q.新型コロナウイルスの流行が続く中でも、テレビ番組の出演者の多くはマスクを着用していません。出演者はマスクを着用すべきなのでしょうか。出演者がマスクを着用するメリットについて教えてください。
山口さん「番組を通じて視聴者にマスク着用の大切さを訴えたいのであれば、出演者自身がマスクを着用した方が説得力があります。また、出演者がマスクを着用することで、スタジオ内にいるスタッフへの感染を防ぐ効果も高まります」
Q.ではなぜ、テレビ業界で出演者のマスク着用が広がらないのでしょうか。また、多くの番組で出演者がマスクを着用するようになった場合、視聴者にどのような印象を与えるのでしょうか。
山口さん「マスク着用が広がらないのは、多くの番組制作者が『テレビでは、出演者の表情を見せることが不可欠だ』と考えているからではないでしょうか。見た目や表情は話す内容と同等かそれ以上に受け手に影響を与えるとする研究は世界中に数多くあります。
例えば、『楽しい』と口で言っても態度や表情がつまらなそうであれば、『つまらなそう』という見た目の印象の方が強く伝わるという『メラビアンの法則』はその一つです。出演者の話す言葉はもちろん大切ですが、出演者の豊かな表情が番組をより面白くし、視聴者の理解を深めることに大いに役立っていると私は思います。
こうした理由から、今後もし、番組出演者のマスク着用が主流となった場合、テレビ番組の魅力や面白さが低下してしまうのではないでしょうか。『アナウンサーは無表情でニュースを読むべきだ』と考える視聴者もいますが、実際には、どのテレビ局のアナウンサーもニュースキャスターもニュースの内容に合わせてさまざまな表情を見せています。
番組で新型コロナウイルスの感染防止を呼び掛けながら、出演者がマスクを着用していない場合、視聴者はその番組に対して不信感を抱くかもしれません。しかし、番組の打ち合わせやリハーサルのときなどは、出演者やスタッフは常にマスクを着用していると思いますし、スタジオ内では出演者同士の間隔を空けるなどさまざまな感染防止対策を行っているでしょう。出演者が番組内でマスクを着用していないからといって、感染防止対策が不十分だとは必ずしもいえません」
Q.番組出演者がマスクを着用することで、番組そのものの魅力や面白さが低下する可能性があるということですが、それ以外にはどのようなデメリットが考えられるのでしょうか。
山口さん「テレビ番組だけに限った話ではありませんが、マスクで人の表情が見えにくくなると、子どもの発育に影響を与える可能性があります。以前、NHKの番組がマスク着用と子どもの発育の関係について特集していました。番組によると、赤ちゃんはさまざまな人の顔やその動きを見て、最初に顔を認識し、次に喜怒哀楽と顔の区別を学習するのだそうです。こうして身に付けた『顔と表情を区別する能力』がその後、『相手の気持ちを理解する能力』の土台となるということです。
母親も含め、周りの人たちがマスクを着用している環境下で育つと、相手の気持ちを思いやることができない子どもが出てくるかもしれません。実際に、保育士がマスクを着用した状態で子どもたちに『よくできたね!』『えらかったね!』と褒めても、子どもたちにはその意図がうまく伝わらないそうです。『目は口ほどに物を言う』ということわざは昔からありますが、ここでいう『目』とは鼻や口、頬なども含めた顔全体の表情のことを指しているのだと思います」
Q.番組の質と感染防止対策を両立させるのに有効な方法はあるのでしょうか。
山口さん「多くの番組ではさまざまな感染防止対策が行われていますが、それぞれメリットとデメリットがあるため、番組の魅力や面白さを維持しつつ、感染防止対策を実施するのは簡単なことではありません。例えば、旅番組の出演者が着用しているマウスシールドやフェースシールドは出演者の表情が見えやすい一方で、マスクに比べて飛沫(ひまつ)が飛びやすいといわれています。
また、報道番組や情報番組ではモニターを通じて、リモートで出演するコメンテーターが増えています。感染防止対策に効果を発揮する一方、モニター越しの出演のため、画質や音質が下がります。特に生放送のときには音声に微妙な遅れが発生することもあり、視聴者は『見にくい』『聞きとりにくい』と感じる傾向にあります。
キャスターやタレントが複数いるスタジオでは、先述のように、お互いの距離を広く取ったり、出演者数を減らしたりしているほか、複数のコメンテーターが近くで並んで座る場合には、アクリルの仕切り板を設置しています。それらの対策により、発言者からの飛沫を浴びにくくなりますが、アクリル板を含めた物理的な感染防止対策は演出上の制限につながります。
多くの報道番組や情報番組を見ていると、どこか閑散としており、テレビを見ることの楽しさが少し失われてしまったように思います。コロナ禍で制約が多い中でも、良質な番組を生み出せるかどうかが番組制作者の腕の見せどころではないでしょうか」
(オトナンサー編集部)
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