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高齢者12人が施設で死亡 医療崩壊「札幌の教訓」はなぜ生かされなかったのか

札幌市在住の防災・危機管理アドバイザーで医学博士でもある筆者が、新型コロナウイルス対策や防災、危機管理などについて論じます。

緊急事態宣言を出す鈴木直道・北海道知事(2020年2月、時事)
緊急事態宣言を出す鈴木直道・北海道知事(2020年2月、時事)

 緊急事態宣言が発令された11都府県を中心に、新型コロナウイルスの感染拡大による「医療崩壊」の危機が叫ばれています。病床が逼迫(ひっぱく)して入院できなかった感染者が自宅で命を落とすケースが相次いでおり、まさに「助かる命が助からない」状態です。

 首都圏や関西圏の人にとっては「ついに来てしまったか」という印象だと思いますが、実は昨年4月、北海道の一部では既に医療崩壊が起きていました。12人の高齢者が新型コロナ感染が判明しても病院に入院できず、札幌市内の介護施設で次々と命を落としていったのです。この「札幌の教訓」をなぜ、全国的な教訓として生かすことができなかったのか。今、何をすればよいのか。

 感染症対策や地域総合防災について研究してきた、札幌在住の筆者からの意見です。

独自の宣言で収束に見えたが…

 国内で最初に新型コロナが本格的に流行し、2月末に独自の緊急事態宣言を出した北海道。厳寒の地ゆえ、家屋は二重窓で気密性が高く、冬は早くから灯油や天然ガスで暖房を行い、各家庭に煙突があって、換気はあまり意識しません。乾燥しがちな室内は新型コロナに限らず、ウイルスが活動しやすい環境です。外に出ても、札幌市中心部は大規模地下道が充実しており、雪が降り積もる地上に出なくても行き来ができます。必然的に「密」になりやすい環境といえます。

 さらに、北海道の冬は観光シーズンでもあります。「さっぽろ雪まつり」だけでなく、道東地域の流氷やスキーも外国人観光客の人気が高く、昨年2月ごろまでは多くの中国人観光客でにぎわっていました。道の集計によると、2020年1~3月の宿泊客数は新型コロナの影響で前年比大幅減とはいえ約322万人を記録し、うち訪日外国人は53万人で、中国人が3割強を占めました。多くの道民が中国人観光客と直接、間接に接したと考えられます。道内での初の感染確認者は1月28日、中国・武漢市から来た女性でした。

 感染は札幌市内だけでなく、道内各地に広がり、2020年2月28日に出された道独自の緊急事態宣言では外出自粛要請などの措置が取られました。対策が功を奏したのか、3月19日には宣言を解除。しかし、水面下では市中感染が続いていた可能性があり、4月に入ると再び感染者が増加。札幌市内のコロナ対応病床は次第に埋まっていきます。

 そして、4月26日、市北部にある介護老人保健施設「茨戸(ばらと)アカシアハイツ」で最初の感染者が確認されました。入所定員100人の施設で起きた事態を、札幌市が2020年10月に発表した報告書などをもとに振り返ってみます。

札幌市「無症状者や軽症者は施設で」

 集団感染が判明するきっかけは4月15日、同じ社会福祉法人が運営するデイケア施設利用者の感染が確認されたことでした。4月下旬になると、茨戸アカシアハイツでも発熱者が出始めます。4月26日の施設内での感染判明者は1人でしたが、翌27日に14人、その後も次々と入所者に広がり、30日には39人にまで拡大します。そしてこの日、施設で最初の死亡者が出ました。それも施設内で療養中にです。つまり、病院に入院できないまま亡くなってしまったのです。

 陽性者について、施設側は札幌市に対し、「すぐに入院を」と要請しました。施設の常駐医師は1人だけ。看護師の多くも感染や濃厚接触のために勤務ができず、十分な医療が提供できる状態ではなかったからです。他の職員にも感染は広がっており、通常の看護や介護さえ十分にはできない状況でした。

 しかし、市は「無症状者や軽症者は可能な限り施設内で療養を」と求めてきました。「(感染者も)適切な介護が必要なため」という理由でしたが、当時は連日20人以上の新規感染者が札幌市内で発生し、その対応に追われていたことも影響しました。新型コロナ用に用意していた専用病床はほぼ埋まり、アカシアハイツからの患者受け入れは困難だったのです。

 施設内で亡くなる感染者が増え、施設は「多くの方を施設でみとる事になり、大変心苦しく重く受け止めております」と苦しい心情をホームページで吐露。5月4日、厚生労働省からクラスター対策班が派遣され、同16日には、札幌市を中心とする現地対策本部をアカシアハイツ内に設置して対策を行い、6月17日に施設入所者の陽性者はゼロになりましたが、結局、入所者71人、職員21人が感染し、入所者17人が亡くなりました。うち12人が入院できないまま施設内で亡くなった人たちでした。

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古本尚樹(ふるもと・なおき)

防災・危機管理アドバイザー

医学博士、防災・危機管理アドバイザー。1968年、北海道旭川市生まれ。北海道大学大学院医学研究科博士課程修了後、東京大学医学部付属病院救急部特任研究員、阪神・淡路大震災記念人と防災未来センター主任研究員、熊本大学大学院自然科学研究科特任准教授などを歴任。現在は札幌市在住で、防災・危機管理アドバイザーとして、新型コロナウイルス対策や企業の危機管理、災害医療、防災対策、被災者の健康問題等について助言、提言を行う。ラジオでコメンテーターも務める。ホームページ(https://naokino.jimdofree.com/)。

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