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池袋事故は発生1年半で初公判 日本の裁判、長時間かかりすぎでは?

東京・池袋で起きた暴走死亡事故は、発生から1年半以上が経過しても裁判が続いています。日本の裁判は時間がかかる印象がありますが、なぜなのでしょうか。

飯塚幸三被告(2019年6月、時事)
飯塚幸三被告(2019年6月、時事)

 東京・池袋で2019年4月、暴走した車に母子がはねられて死亡した事故を巡り、自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の罪で起訴された飯塚幸三被告(88)=旧通産省工業技術院元院長=の裁判が東京地裁で続いています。初公判は事故から1年半近くが経過した今年10月8日で、少なくとも来年3月までは公判が開かれることが既に決まっています。

 この裁判に限らず、日本の裁判は長期間かかるものが多い印象がありますが、なぜ、裁判には時間がかかるのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

自白事件は平均2~3カ月

Q.日本の裁判は長期間にわたるものが多い印象があります。どのくらいの期間が平均的にかかっているのでしょうか。

牧野さん「最高裁がまとめた報告書によると、刑事裁判における、地方裁判所での判決までの平均審理期間は3カ月前後です。このうち、自白事件(被告が起訴事実を認めている)については平均2~3カ月ですが、否認事件(被告が起訴事実を争っている)については平均9カ月を超えています。ただし、裁判員裁判で扱う殺人事件など重大事件の場合は、長期化する傾向があります。

2009年の裁判員制度の導入にあたり、対象となる刑事裁判の充実・迅速化を図るため、『公判前整理手続き』が2005年11月に導入されました。この手続きは裁判官、検察官、弁護人が初公判前に協議して、証拠や争点を絞り込んで審理計画を立て、裁判員に分かりやすく説明できるようにするのですが、公判前整理手続きに付された裁判は、自白事件については平均7~8カ月、否認事件についてはその倍の平均13~14カ月かかっています。

民事裁判の平均審理期間を見ると、9カ月前後です。ただ、医療過誤やIT、知的財産に関する裁判など専門性が要求される裁判は審理期間が長くなる傾向にあり、2年を超える裁判も6~7%あります」

Q.民事も刑事も平均が1年未満というのは意外です。何年もかかっている裁判が多い印象があります。

牧野さん「確かに、昔は長期にわたる裁判がありました。例えば、リクルート事件における江副浩正被告(当時)の東京地裁での裁判は1989年12月から2003年3月まで13年以上かかっています。これは自白調書の任意性などが争われ、審理に時間がかかったためです。

リクルート事件に限らず、先述した殺人事件も含めて、重大事件の裁判は審理が長期化することがあります。重大事件は発生時も裁判中も大きく報道されるため、皆さんの印象に残りやすく、『裁判は長い』という印象につながっている可能性も考えられます。加えて、先ほど平均値を挙げた審理期間はあくまで、地方裁判所での一審の期間だけなので、控訴して高等裁判所で審理することになれば、その分時間がかかりますし、上告して最高裁まで争えば、さらに時間がかかります」

Q.裁判を迅速化しようという動きはあるのでしょうか。

牧野さん「先述したような重大事件を中心に、当事者が多数であったり、事件の内容が複雑で専門的であったりして、長期間に及ぶ裁判があったことから、小泉純一郎政権時の2001年12月、司法制度改革推進本部が設置され、裁判の迅速化が重点的に検討されました。その成果として、『裁判の迅速化に関する法律』が2003年7月に制定・施行され、一審の訴訟手続きについて、『2年以内のできるだけ短い期間』に終了させるという目標が明示されました。その結果、現在は先述した期間になっています」

Q.しかし、池袋の暴走事故の裁判は時間がかかっているように思います。事故は2019年4月に起きましたが、1年半近く過ぎた10月8日にようやく初公判が開かれ、越年することが決まっています。

牧野さん「池袋暴走事故については『裁判に時間がかかっている』のではなく、『裁判が始まるまでに時間がかかった』といえます。飯塚被告本人も事故で重傷を負って、一時入院したことや、『ブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故』という検察の主張を飯塚被告が否認していることなどから、検察による起訴までに時間がかかったと思われます。

なお、容疑者が逮捕された場合、起訴までに身柄を拘束できる期間に制限(最大23日間)がありますが、飯塚被告のように逮捕されなかったり、逮捕されてもいったん釈放されたりして任意捜査(容疑者が在宅のままの捜査)になると、起訴までの期間に制限がなくなります。そのため、起訴までの期間が長期になるケースもあります」

Q.刑事裁判で時間がかかり、判決前にもし、被告が亡くなった場合、裁判はどうなるのでしょうか。

牧野さん「被告が死亡した場合、公訴は棄却されます。つまり、判決が出ないまま裁判を終了することになります。例えば、ロッキード事件の裁判において、一審で懲役4年の実刑判決を受けた田中角栄元首相は最高裁に上告中の1993月12月に亡くなり、公訴棄却となりました」

(オトナンサー編集部)

牧野和夫(まきの・かずお)

弁護士(日・米ミシガン州)・弁理士

1981年早稲田大学法学部卒、1991年ジョージタウン大学ロースクール法学修士号、1992年米ミシガン州弁護士登録、2006年弁護士・弁理士登録。いすゞ自動車課長・審議役、アップルコンピュータ法務部長、Business Software Alliance(BSA)日本代表事務局長、内閣司法制度改革推進本部法曹養成検討会委員、国士舘大学法学部教授、尚美学園大学大学院客員教授、東京理科大学大学院客員教授を歴任し、現在に至る。専門は国際取引法、知的財産権、ライセンス契約、デジタルコンテンツ、インターネット法、企業法務、製造物責任、IT法務全般、個人情報保護法、法務・知財戦略、一般民事・刑事。

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