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殺人なんて無関係では? マスメディアが「事件」「事故」を報道する意味とは

マスメディアは「事件」「事故」を単なる興味で伝えているわけではありませんが、伝える理由が理解されていない部分もあるようです。

なぜ、事件事故を報道する?
なぜ、事件事故を報道する?

 皆さんは「なぜ、新聞やテレビは事件事故を報道していると思いますか?」と聞かれたら、どのように答えるでしょうか。新聞紙面やテレビのニュースでは毎日のように、殺人や傷害事件、火事、交通事故などの事件事故が数多く報道されます。こうした事件や事故を報道することについて、ネット上には「殺人事件なんて、多くの人にとっては全く関係がないのに、なぜ大々的に報道するのだろう」「みんな、事件や事故のニュースを単なる好奇心で見ている。誰も深く考えていない」といったコメントがあります。

 マスメディアは「事件」「事故」を単なる興味で伝えているわけではありませんが、伝える理由が必ずしも理解されていない部分もあるようです。なぜ、マスメディアが事件や事故を伝えるのか、報道番組の制作にも詳しい広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。

「種の維持本能に根ざす」説も

Q.なぜ、マスメディアは事件や事故を伝えるのでしょうか。

山口さん「事件や事故を報道する理由として、『事実を伝えること』『記録を残すこと』『被害者救済や復旧の間接的支援』『原因究明や究明の支援・検証』『注意喚起』『再発防止』などが挙げられます。その一方で、『読者や視聴者が求めるから伝えている』のも事実です。新聞の元祖といわれる江戸時代の瓦版も安政江戸地震や黒船来航、あだ討ち、心中といった事件事故が大ヒットしたネタでした。

事件事故を知りたがるのは、種の維持本能に根ざしているという説があります。野生の動物が天敵に対する警戒を怠らないように、人間も平和な生活を脅かす事件や事故に対して本能的な警戒心を持つという説です。もっとも、興味本位もあって、例えば、瓦版の心中報道は現代のワイドショーを席巻する不倫報道と根は同じだと思います」

Q.例えば、なぜ、殺人事件を報道するのでしょうか。

山口さん「なぜ、加害者が人を殺そうとしたのか、なぜ、被害者がそういう状況に陥ったかを明らかにできれば、同様の事件の再発防止の糧となります。例えば、2020年11月、東京都渋谷区で路上生活者の初老の女性が殴り殺された事件が発生しました。当初は『女性が殺された』という事実だけの報道でしたが、身元が判明し、容疑者が逮捕され、取材が進むにつれ、詳しい報道が相次ぎました。

報道によれば、女性は新型コロナの影響で失職し、ホームレスとなったものの『働いて生きていこう』と頑張っていたそうです。容疑者は近くのマンションに住む中年男性で『前日未明に、お金をあげるからバス停からどいてほしいと頼んだが応じてもらえず、腹が立った。痛い思いをさせれば、いなくなると思った』と警察に話しているそうです。

『目障りなので、殺害して排除した』という理不尽な事件ですが、『殺されてかわいそう』『犯人を許せない』で終わるのではなく、加害者と被害者の境遇を伝えることで、社会のどのようなゆがみから、加害者と被害者が生み出されたのかを明らかにすることが大切だと思います。実際に幾つものそのような記事を目にしました」

Q.冬になると火災のニュースが増えます。

山口さん「冬になると、多くの家庭では暖房機器を使い、また、空気が乾燥して、火災が発生しやすい条件がそろいます。天気予報で『火の取り扱いに注意しましょう』と度々呼び掛けていますが、実際に起きてしまった火災の様子や原因、被害状況を伝えることで、いま一度、家庭における火の始末を見直すきっかけになります。火災の報道はそうした注意喚起に大きく役に立っていると思います」

Q.では、交通事故は。

山口さん「同じような交通事故の再発防止に寄与しています。交通事故が起きて亡くなった人がいても、もし、その事故の報道がなければ、身近な人や関係者、現場にいた人以外は死亡事故が起きたことを知らないままになります。

世の中にいる数多くの運転者が『スピードの出し過ぎに注意』と言われて、実感が湧くのは事故の実例を知るからであり、報道を見ることで、運転者が『運転に注意しよう』と改めて思うという意味があります。また、行政も交通事故が起きないよう注意喚起をしたり、見通しの悪い道路に信号機をつけたりと、交通事故が起きない対策を取りやすくなります」

Q.マスメディアが理由があって事件事故を伝えていても、その理由や意義を理解していない人もいて、「事件事故は自分には無関係なのに、なぜ報道する?」「単なる好奇心を満たすものだ」という声があります。どうすれば、世の中の人が「事件事故の報道には理由がある」と理解できるでしょうか。

山口さん「ニュースの基本は『5W1H』だとされています。しかし、『いつ(When)、どこで(Where)、誰が(Who)、どのようにして(How)、何をした(What)。その理由(Why)はこうである』だけの報道では、主張、すなわち、目的のないニュースになってしまいます。

そのようなニュースばかりだと『事件事故は自分には無関係なのに、なぜ報道する?』『単なる好奇心を満たすものだ』と思う読者や視聴者が出てくるのは当然でしょう。世の中の人が事件事故の報道に大切な意義があると理解するには、その意義が明確に表明された報道、すなわち、『このニュースで一番何が伝えたかったのか』が明確に分かる報道をするしかありません。

マスメディアの側、すなわち、記者一人一人が記事を書くにあたり、事件や事故の背景、周辺情報をしっかりと取材し、分析し、自分の思いを表現することが大切です。マスメディアという巨大な媒体を通しての報道であっても、記者一人一人のそれぞれの考えや主張を伝えることで、世の中の人がニュースの意義や、それを伝える理由に気付きやすくなると思います」

(オトナンサー編集部)

山口明雄(やまぐち・あきお)

広報コンサルタント

東京外国語大学を卒業後、NHKに入局。日本マクドネル・ダグラスで広報・宣伝マネージャーを務め、ヒル・アンド・ノウルトン・ジャパンで日本支社長、オズマピーアールで取締役副社長を務める。現在はアクセスイーストで国内外の企業に広報サービスを提供している。専門は、企業の不祥事・事故・事件の対応と、発生に伴う謝罪会見などのメディア対応、企業PR記者会見など。アクセスイースト(http://www.accesseast.jp/)。

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