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大学入学共通テストの前に、センター試験の“功罪”検証すべきでは?

大学入試改革など、高等教育を中心にしたさまざまな問題について、教育ジャーナリストである筆者が解説します。

最後の「大学入試センター試験」となった2020年の試験(2020年1月、時事)
最後の「大学入試センター試験」となった2020年の試験(2020年1月、時事)

 1月16、17の両日、初めての「大学入学共通テスト」(第1日程)が実施されます。今回は新型コロナウイルス感染症の影響を考慮して、第2日程(1月30、31の両日)が設けられる異例の形となりました。そもそも、共通テストは当初の目玉とされた英語での民間試験活用、国語・数学の記述式問題導入を断念することが2019年末に相次いで決まるなど、困難な船出を余儀なくされています。

 背景には、前身である大学入試センター試験(1990~2020年度)の「どこに問題があったか」だけでなく、「どこにメリットがあったか」の総括がきちんと行われてこなかったこともあります。センター試験はどういう試験だったのでしょうか。そして、共通テストに何を引き継ぐべきなのでしょうか。共通テストも実施する独立行政法人大学入試センターが昨年11月23日にオンラインで開催したシンポジウム「『センター試験』をふり返る」を基に考えてみましょう。

結果を使わない受験者が10万人も

 大学入試センター関係者4人による研究発表では、具体的なデータから、センター試験の特色が浮き彫りになりました。最後の実施となった2020年度の受験者(数値は概数、以下同)は53万人(現役43万人、浪人10万人)で、大学・短大の入学者総数68万人に比べても相当な数を占めます。内訳は国公立専願が8万人、国公立と私立併願が12万人、私立専願が14万人で、センター試験を受験しながら、どこの大学にもセンター試験の結果を利用しての願書提出をしなかった「未提出者」も10万人います。

 共通第1次学力試験(共通1次、1979~1989年度)が原則、国公立大学だけを対象として、5教科7科目を課していたのと違い、センター試験は私立大学も加わっただけでなく、大学によって利用する教科・科目を指定できる「アラカルト方式」が採用されたのが特徴でした。

 しかし、30年余りの間、5教科受験者は33万人前後で安定し、一部教科受験者(主に3教科)も1995年度ごろから22万人前後となっています。国公立大学志願者(私立併願含む)の「中核層」と私立専願・未出願の「新参入層」にはっきり分かれる傾向にあったといいます。

学力の担保にも大きな期待

 自己採点の結果を見てから出願大学を決めるのは共通1次以来、変わりません。それによって、文系学力が高い者が文系学部、理系学力が高い者が理系学部に出願するのは当然ですが、どちらの学力も低い者が出願を控えることで「大学教育を受けるにふさわしい学力を担保する機能を果たしてきた」というのがセンター関係者の一致した見方です。

「学力が低い者が大学に出願しないのは当たり前だ」と思う人がいるかもしれませんが、授業が「分かる」と回答した高校生が5割を超える程度にとどまる(国立教育政策研究所調べ)、つまり、半数近くの高校生が授業を理解できていないと思っているにもかかわらず、大学・短大進学率は6割で、高専や専門学校を含めると8割に達するという現実があります。「高等教育の質」保証のためにも、センター試験のような大規模共通試験への期待が高まっているというわけです。

 それだけではありません。大学入試センターの荒井克弘客員教授(元試験・研究統括官、東北大学名誉教授)によると、高校教育と大学教育はもともと、「積み上げ方式」で接続しているわけではないのです。明治期に近代学校制度を導入した際、大学と小学校から順次整備を始め、それが戦後まで続いてきたからです。

 学校教育法でも、小学校から高校までは児童・生徒に「普通教育」や「専門教育」(高校のみ)を施すことを、大学は「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究」することをそれぞれ目的としています。

 いわば、ベクトルの異なる高校教育と大学教育が交差する部分の学力を測ろうとしたのが共通1次やセンター試験であり、そこでは、多数の大学教員が高校の学習指導要領や教科書を読み込み、2年間かけて問題を作成する作業が行われてきました。だからこそ、高校教育関係者からも「良問」が出題されてきたと高く評価されてきたのです。

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渡辺敦司(わたなべ・あつし)

教育ジャーナリスト

1964年、北海道生まれ、横浜国立大学教育学部卒。日本教育新聞記者(旧文部省など担当)を経て1998年より現職。教育専門誌・サイトを中心に取材・執筆多数。

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