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コストにコストを重ね…リニア中央新幹線が考えるべき「コンコルド効果」とは

世の中のさまざまな事象のリスクや、人々の「心配事」について、心理学者であり、防災にも詳しい筆者が解き明かしていきます。

試験走行中のリニア中央新幹線車両(2019年10月、時事)
試験走行中のリニア中央新幹線車両(2019年10月、時事)

 東海道新幹線に代わる東西の大動脈として建設が進む「リニア中央新幹線」。静岡県の川勝平太知事が大井川の水量に与える影響などについて懸念を表明していますが、筆者は別の観点から、懸念を抱いています。それは新型コロナウイルス感染症の大流行によって、社会が大きく変化したことがもたらす影響です。

新幹線の乗客、大幅減

 コロナ禍により、テレワークやオンライン会議は一気に身近なものになりました。コロナ禍前にも、これらを実現する技術はあったのですが、コロナ禍で強制的にオンライン会議システムを使わされた人は「意外と使える」ことに気付いてしまいました。コロナ前には、自分が使えても相手がオンラインに対応していないかもしれないので、なんとなく対面で会議をしていましたが、最近は気軽にオンライン会議を提案できるようになりました。

「やっぱり対面じゃないと…」という意見が根強いのも事実ですが、例えば、東京-名古屋間で会議をする場合、交通費や移動時間の人件費などを考慮すると、対面の会議はオンライン会議の10倍近いコストがかかります。対面の方がもろもろスムーズなのは分かりますが、対面ならオンラインの10倍の成果を上げられるかと問われると、自信をもって「はい」と答えられる人は少ないかもしれません。

 オンラインならではのメリットもたくさんあります。移動時間やコストが少ないので会議のハードルは下がり、スケジュール調整も容易です。会議室というリアル空間はいらないし、プロジェクターもスクリーンも資料の印刷も不要です。誰かの話を聞くのが中心の会議なら、移動しながらでも参加できます。これらを踏まえると、例えば、ワクチンの接種が日本でも始まったり、集団免疫が獲得されたりして新型コロナウイルスが消えてしまっても、出張や対面会議がコロナ前のような頻度では行われないと考えた方がよさそうです。

 出張の減少によって、最も打撃を受けるのは交通機関です。とりわけ、新幹線のようにビジネス利用が中心だった大都市間をつなぐ交通機関は利用者が激減しています。しかし、そんな中、リニア中央新幹線の建設は着々と進んでいます。コロナ禍前の計画段階では、スピードアップによって飛行機のお客さんを奪うことをもくろんでいたようですが、コロナ禍が変えてしまった世界では、高速鉄道のライバルは飛行機など他の交通機関ではなく、Zoomなどのオンライン会議システムになってしまったのかもしれません。

 今の状況が続いた場合の、リニア新幹線の採算性を判断する知識やデータを筆者は持っていないので、建設を「進めるべきだ」とも「やめるべきだ」とも言えないのですが、こういった場合に判断を誤りがちな心の働きについて、心理学者として少し心配しているので、解説しておきたいと思います。

「コストを回収したい」と諦められず…

 当たり前のことですが、私たちは物やサービスを手に入れるためにお金を支払った場合、既に支払った「コスト」を取り返したいと考えます。代金を払ったのに商品を受け取れなければ、お店の人に抗議するでしょう。開発や投資もこれと同様、将来もうかると思うから先にコストを払って研究開発したり、株や不動産を買ったりするわけです。しかし、未来は不確定なので、先に払ったコストを取り返せない場合もあります。

 こうした場合、スッと諦めてすぐに手を引けば、その時点までの損害額でとどめることができます。これがいわゆる「損切り」です。しかし、「これまで払ってきたコストをなんとかして取り返したい」という気持ちから、「もしかしたら、事態が好転するかも」と都合よく考え、さらなる開発や投資のコストを支払ってしまいがちです。その結果、すぐに損切りした場合よりも大きな損害を出してしまうことがあるのです。

 このように「支払ったコストを取り返したい気持ちから、都合のよい誤った判断をして、さらにコストを支払ってしまうこと」を、心理学では「サンクコスト効果」と呼んでいます。「サンク(sunk)」は「sink」(沈む)の過去分詞で、「sunk cost」は「沈んでしまって、戻らない費用」という意味になります。サンクコスト効果は私たちの日常のあらゆるところにあります。例えば、付録のプラモデルの部品が毎月少しずつ送られてくる雑誌をなんとなく買い続けてしまうのも、プレゼントを贈ったのに脈なしの異性にしつこくアプローチしてしまうのもサンクコスト効果が関係しています。

 サンクコスト効果には「コンコルド効果」という別名があります。「コンコルド」はかつて、英国とフランスが共同開発したマッハ2(音速の2倍)で飛ぶ旅客機の名前で、普通の旅客機では8時間ほどかかる欧州と米東海岸の間をわずか3時間半で結んでいました。一方で、コンコルドは座席の少なさ、高価な機体、燃費の悪さなどから、普通の旅客機の10倍の運賃を取る必要があり、開発途中から採算が取れないことが指摘されていました。しかし、そこまでに費やした莫大(ばくだい)な開発費から、計画中止を決断できず、商用飛行にはこぎ着けたものの、さらに赤字を増やしてしまいました。

 現在、リニア新幹線が置かれている状況は当時のコンコルドの状況とよく似ています。おそらく、コロナ禍を受けて、採算性の再計算などは進めていることと思いますので、余計なお世話かもしれませんが、サンクコスト効果のことをぜひ念頭に置いて検討していただきたいと思います。筆者自身はとても乗ってみたいので、採算が取れるなら建設を進めてほしいのですが、近い将来、サンクコスト効果の別名が「リニア新幹線効果」なんて名前になってしまうことだけは避けてほしいですね。

(名古屋大学未来社会創造機構特任准教授 島崎敢)

島崎敢(しまざき・かん)

近畿大学生物理工学部准教授

1976年、東京都練馬区生まれ。静岡県立大学卒業後、大型トラックのドライバーなどで学費をため、早稲田大学大学院に進学し学位を取得。同大助手、助教、国立研究開発法人防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学未来社会創造機構特任准教授を経て、2022年4月から、近畿大学生物理工学部人間環境デザイン学科で准教授を務める。日本交通心理学会が認定する主幹総合交通心理士の他、全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者で、3人の娘の父親。趣味は料理と娘のヘアアレンジ。著書に「心配学〜本当の確率となぜずれる〜」(光文社)などがあり、「アベマプライム」「首都圏情報ネタドリ!」「TVタックル」などメディア出演も多数。博士(人間科学)。

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