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眞子さま、小室圭さん結婚報道で「入籍」の表現 初婚同士でも「入籍」になる?

秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんとの結婚について、「入籍へ」と表現する報道がありました。初婚同士の場合、「入籍」は使わないはずですが、皇室関係は違うのでしょうか。

婚約内定時の眞子さまと小室圭さん(2017年9月、時事、代表撮影)
婚約内定時の眞子さまと小室圭さん(2017年9月、時事、代表撮影)

 秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんとの結婚について、秋篠宮さまが11月20日の記者会見で「認める」と発言されましたが、その報道で、お二人の結婚について「入籍」と表現するメディアが大手新聞社系の週刊誌を含め複数ありました。男女共に初婚の場合、「入籍」という言葉は使わないはずですが、皇族関係は何か違いがあるのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

戸籍の創設は一般国民と同じ

Q.「入籍」とは一般的に、どういう場合に使う言葉なのでしょうか。

牧野さん「そもそも、入籍は読んで字のごとく『戸籍に入る=入籍』の意味であって、結婚に関していえば、『戸籍筆頭者と結婚し、その人の氏(名字)を名乗ってその人の戸籍に入ること』です。例えば、離婚歴のある男性は戸籍筆頭者であることが多いので、その男性と結婚する女性は入籍することになるのが原則です。これに対し、男女共に初婚の場合は、入籍とは言わないのが一般的です」

Q.初婚同士の結婚の場合、なぜ、入籍とは言わないのでしょうか。

牧野さん「先ほど述べた離婚歴のある男性との結婚などの入籍に対して、初婚同士の結婚の場合は、原則として新しい戸籍を作るので、入籍とは言えません。『結婚=入籍』と考えている人が多いですが、正確にはイコールではありません。

現行の戸籍制度では、戸籍は原則として『1組の夫婦と、その夫婦と氏(名字)が同じ子ども』ごとに編製されます(戸籍法6条)。そのため、婚姻の届け出時に、その夫婦について新戸籍を編製するという原則を戸籍法16条で定めています」

Q.芸能人の結婚報道などで、初婚同士の結婚なのに入籍という言葉を使う人がいて、一部報道機関も入籍という言葉を使うことがあります。なぜでしょうか。

牧野さん「『女性は結婚によって、男性の籍に入り男性の名字を名乗る』(旧民法788条)ことを定めていた、昔の『家制度』の考え方を現在も引きずっているのではないかと思います。

旧戸籍法は旧民法の『家』制度を基礎としており、『家』を戸籍編製の単位にしていました。現在のように1つの戸籍が『1組の夫婦と子ども』とは限らず、1つの戸籍の中に『戸主』(家長=戸籍の筆頭者)夫婦や、戸主の長男とその妻など、複数の夫婦やその子どもがいることが一般的でした。なお、旧戸籍法は終戦後の1947年に全面改正され、1948年からは現行の戸籍法が施行されています。

ただし、1994年の戸籍法一部改正を受けた戸籍の電子化が完了するまでの間は紙ベースの戸籍簿が作成・保管されており、その旧書式においては初婚同士の場合も『入籍』という表現が使われていました。そのこともあって、初婚同士でも、入籍という言葉を使う人が今でもいるのではないでしょうか」

Q.眞子さまの結婚の場合、皇族ということで、通常の結婚とは戸籍上の扱いが違うのでしょうか。

牧野さん「皇族女子が一般国民と結婚すると皇族の身分を失い(皇籍離脱)、新たに戸籍法の適用を受けることになり、結婚する男性との夫婦の戸籍が創設されます(皇室典範12条など)」

Q.皇族の結婚が一般とは違うことで、そのために眞子さまと小室圭さんの結婚が「入籍」となる可能性はありますか。

牧野さん「先述したように、一般国民と同様に戸籍法が適用されることになりますので、新たに夫婦の戸籍が創設されることになり、入籍にはならないと思います」

 なお、法務省民事局の担当者によると、電子化後の戸籍では、初婚同士の結婚の場合は一部の例外を除いて「入籍」という表記が入ることはなく、例外としては、夫か妻が親の戸籍から抜ける「分籍」をしていて、自らが戸籍筆頭者となっている場合があるとのことです。ほかに「入籍」が戸籍に記載されるのは、離婚歴があって既に戸籍筆頭者の男性と結婚する場合などだそうです。

(オトナンサー編集部)

【画像】「入籍」表記のある旧戸籍、「入籍」表記のない現在の戸籍

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牧野和夫(まきの・かずお)

弁護士(日・米ミシガン州)・弁理士

1981年早稲田大学法学部卒、1991年ジョージタウン大学ロースクール法学修士号、1992年米ミシガン州弁護士登録、2006年弁護士・弁理士登録。いすゞ自動車課長・審議役、アップルコンピュータ法務部長、Business Software Alliance(BSA)日本代表事務局長、内閣司法制度改革推進本部法曹養成検討会委員、国士舘大学法学部教授、尚美学園大学大学院客員教授、東京理科大学大学院客員教授を歴任し、現在に至る。専門は国際取引法、知的財産権、ライセンス契約、デジタルコンテンツ、インターネット法、企業法務、製造物責任、IT法務全般、個人情報保護法、法務・知財戦略、一般民事・刑事。

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1件のコメント

  1. 1億円稼ごうと、幸せにできようが、
    身内が2人明確な理由ない死を遂げていることが国民が怪しいと心配していることです。
    億稼いだところで、犯罪者になっては意味がありません。
    億稼げたら素晴らしい人、という数字にしか判断基準を見出せない心貧乏が書く文章は見ても面白くはありません。この著者が心貧乏といっているわけではありません。
    社会の風潮が、経済主義であるゆえに、ともするとそうなりがちなのです。
    この中で、国民が、本当の幸せについて、強い意志をもって、この人はやめた方が?稼げたとしてもそれはちがうのでは?という疑問は、この国の人の心が本当の豊かさを身に着けてきた証拠であると思います。それぞれの心の豊かさはそれぞれの価値観によって異なるため、一概には一つの物差しで測れませんが、愛情をもってアドバイスしているのであれば、それはいいことだと思いますし、当人が、それを感じていることを望むばかりです。
    どうも、国民が謝れという発言をもしされているのであれば、それは心が豊かとはいえないかもしれません。その心境での判断は危ういものがあります。愛情をもってアドバイスしてくれているけど、私はその点は心配しない判断基準がある、という冷静な判断があればよいのではないでしょうか?
    冷静な判断であるという説得は、今のところ国民には届いていないようです。