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一日中布団の27歳ひきこもり長男、家族に立ちはだかった年金請求の壁

うつ病でひきこもる長男のために、障害年金の請求をしようとした父親。そこに大きな壁が立ちはだかりました。

ひきこもりの子を持った父親は…
ひきこもりの子を持った父親は…

 ひきこもりのお子さんの中には、精神疾患を抱えているケースも見受けられます。そのため、お子さんが働いて、収入を得ることが難しい場合、障害年金の請求を検討するご家族もいます。

 しかし、ご家族からは「必要な書類が複雑過ぎて、なかなか前に進めなかった」「早く請求したかったのに半年以上かかってしまった」といった話を聞くことがあります。障害年金の請求は早ければ早いほど望ましいため、家族だけでの対応が難しい部分は専門家の力を借りることも検討するとよいかもしれません。

出生時からの詳細な情報が必要に

 筆者は社会保険労務士でもあるため、障害年金の請求代行も担当しています。そんな中、ある男性からメールが届きました。

「20代のひきこもりの長男の、障害年金の件で相談したい。ただ、請求に向けての業務すべてをお願いしたいわけではなく、私たち家族では対応が難しい部分だけをお願いしたい。対面での相談を希望」という趣旨でした。

 面談当日、両親と対面した筆者は長男の状況を伺いました。

 長男は現在27歳。大学で2度留年した後、退学したことがきっかけでうつ病を患い、月1回通院をしています。通院時以外は外出せず、一日のほとんどを布団の中で過ごしています。食欲もなく、食べられたとしてもほんの少しだけ。入浴も月に数回程度だそうです。

 担当医師からは「今の状態では働くことは難しいようなので、障害年金の請求をしたらどうか」とアドバイスを受けました。その後、両親は早速、年金事務所へ相談に行きました。相談窓口で障害年金の制度の説明を受け、その後、請求に必要な書類一式を渡されたそうです。

 そこまで筆者に話した父親は、机の上に置いてある書類の束に視線を落としました。

「診断書など病院で書いてもらう書類はすでに出来上がっています。しかし、その他の必要書類の書き方がよく分からないのです。書き方の説明を読んでも『本当にこれでいいのか?』といった不安もあります。特に頭を悩ませている書類はこれです」

 そう言って、父親はある書類を筆者に手渡しました。

「昔のことは覚えていない」と悩む父親

 父親から渡された書類は「病歴・就労状況等申立書」というものでした。「病歴・就労状況等申立書」は、診断書では把握しきれない日常生活の様子などを発病時(調子が悪くなったとき)から現在まで事細かに記入する必要があります。

 父親はいら立ちを隠せない様子で言いました。

「年金事務所で2回目の相談時に『生まれたときから現在までの状態を書くように』と言われました。書くのは発病時からじゃないんですか? 昔のことなんてはっきり覚えていませんよ。そんなのむちゃくちゃだと思いませんか?」

「確かに、昔のことははっきりと覚えていないのが普通ですよね。ちなみに、診断書はすでに書いてもらっているとのことですが、ちょっと診断書を拝見させていただけませんか?」

 筆者は父親にそう言い、診断書を見せてもらいました。

 診断書の内容をよく読むと「うつ病と判明した後、医師のすすめで発達障害の検査をし、発達障害があることが判明した」というような記載がありました。

「ご長男には発達障害もありますので、ルール上、出生時から現在までの状況を書いていかなければなりません。今回のケースでは、このようにざっくりと分けていくことになります」

 筆者は白紙の用紙に次のように書きました。

・出生時から小学校入学前
・小学校低学年
・小学校高学年
・中学校
・高校
・大学
・発病から初診前(初めて病院に行った日の前)まで
・初診から現在まで(※)
※「初診から現在まで」は病院ごとに分けて書く必要があります。
※期間が長い場合、3年から5年ごとに区切って書く必要があります。

 筆者はさらに説明しました。

「初診前の期間は、印象的なエピソードや気になったご長男の行動などを中心に書いていくことになります。例えば、小学生の頃、何か印象に残っている出来事はありませんか?」

 すると、母親が当時の状況を語ってくれました。

「忘れ物が多く、宿題もしないことがあり、先生によく怒られていました。また、放課後に友達と遊ぶ約束をしても、約束の時間に間に合わないということもありました。そのせいか、級友にからかわれることもありました…」

「なるほど。そうだったんですね。そのような印象的なエピソードを中心に書いていけば大丈夫です。発病以降のところは診断書では書ききれない、ご長男の日常生活で不便を感じている点などを中心に書いていくことになります」

 しかし、両親の顔は依然曇ったままでした。

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浜田裕也(はまだ・ゆうや)

社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー

2011年7月に発行された内閣府ひきこもり支援者読本「第5章 親が高齢化、死亡した場合のための備え」を共同執筆。親族がひきこもり経験者であったことから、社会貢献の一環としてひきこもり支援にも携わるようになる。ひきこもりの子どもを持つ家族の相談には、ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として、利用できる社会保障制度の検討もするなど、双方の視点からのアドバイスを常に心がけている。ひきこもりの子どもに限らず、障がいのある子ども、ニートやフリーターの子どもを持つ家庭の生活設計の相談を受ける「働けない子どものお金を考える会」メンバーでもある。

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