メディアの宿命? 政治家の“発言切り取り”報道で趣旨が変わる事態、どう防ぐ?
マスメディアが政治家の発言の一部を切り取って報道し、本来の趣旨と異なる内容で伝えられることがよく問題になります。問題化しないためにできることは何でしょうか。
マスメディアが政治家の発言の一部を切り取って報道することで、「本来の趣旨とは異なる内容で伝わってしまっているのではないか」と度々問題になります。テレビや新聞は文字数や放送時間などの制限で、発言の全てを伝えることが物理的に難しいことや、発言のポイントを端的に伝えた方がニュースの趣旨が伝わりやすいことから、発言の中から、ニュース価値があると判断した部分を切り取り、報道するのが一般的ですが、そのために本来の趣旨とは異なる内容に伝わってしまうようでは本末転倒です。
政治家の発言の切り取り報道が問題にならないようにするために、マスメディアができることは何でしょうか。報道番組の制作にも詳しい広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。
大臣の「がっかりしている」発言
Q.政治家の発言の切り取り報道で問題になった事例には、どのようなものがありますか。
山口さん「最近では、2019年2月に競泳の池江璃花子選手が白血病を公表したとき、当時五輪相だった桜田義孝衆院議員が『金メダル候補ですから、本当にがっかりしている』との趣旨のコメントをしたことでしょう。この発言は『がっかりしている』の部分が繰り返し報道され、厳しい非難を浴びました。池江選手は闘病の報告と復帰を目指すことを宣言したのです。元大臣のコメントとして、前後関係がどうあれ『がっかりしている』はあり得ません。
ただ、放送された囲みインタビュー全体の映像を見ると、ただ『失望した』と言いたくてインタビューに応じたわけではなく、『驚いた。一日も早い回復を願っている』ということを一番言いたかったのだと分かります。しかし、不用意な一言が切り取られて報道されてしまいました。他意のない発言から、悪意が増殖して急拡散するという典型的な事例だったと思います。
『切り取り報道』の元祖ともいうべき言葉は『貧乏人は麦を食え』です。1950年12月、後に首相として『所得倍増計画』を発表することになる当時の池田勇人蔵相が参院予算委員会で発言したと報道された言葉です。『貧乏人切り捨て発言』であるかのような印象を与え、人々の怒りを買いましたが、実はこれは池田氏の言葉そのままではありません。
国会答弁の記録によれば、『所得の少ない人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような経済の原則にそった方へ持っていきたいというのが私の念願であります』と答えています。当時は終戦から5年しかたっておらず、食糧事情も厳しい時代でした。国の補助金によって消費者米価を低く抑えていたのですが、その補助金を減らせば、米価が麦価よりかなり高くなるものの、経済の在り方としては望ましいという趣旨の説明をした中での発言でした」
Q.政治家の発言の切り取り報道が問題になってしまう原因は何でしょうか。
山口さん「『権力の番人』であると自負するマスメディアの勇み足との指摘もあります。しかし、私は表現は悪いですが『政治家、メディア、国民の三者がグルになって』発言切り取り報道の原因を作っているという一面もあるのではないかと思います。
当時は、野党議員が失言が多かった桜田氏から失言を引き出そうと、国会で揚げ足を取るような質問を重ねました。国民の一部も桜田議員の放言、失言、珍言を笑いのネタとして待望しているかのようでした。マスメディアは期待に応えようと桜田氏の失言取材に力を注ぎました。大臣としての資質はもちろん厳しく問われなければなりませんが、『三者グルの思い』が切り取り報道を発生させる原因の一つになっているのではないかと思います。
大蔵省(現財務省)出身の池田氏の場合は、吉田茂首相の評価が高く、国会議員初当選の期間中に大蔵大臣に任命されました。池田氏について書かれた伝記によると、与党内はもちろん、野党議員、記者たちからも反発を買っていたそうです。池田氏も自信満々で歯に衣(きぬ)着せぬ発言をして、問題視された発言が幾つもあり、『池田たたき』のネタをつかんだ新聞は『またやった』と大喜びしました。政治家の発言の切り取り報道はこのように、複合的に原因が絡み合って発生するケースが多いと思います」
Q.マスメディアが意図的に都合のいいように発言を切り取り、本来の趣旨とは異なる内容として伝えようとすることはあるのでしょうか。
山口さん「あると思います。2019年12月10日放送の『報道ステーション』(テレビ朝日系)は『桜を見る会』についての特集を組みましたが、特集の中で使われた世耕弘成参院自民党幹事長(当時)の『よいお年を』というコメントが『桜を見る会』の疑惑追及を年越しさせようとしているかのような印象を与える切り取り発言として使われたと、世耕氏自身が抗議したのです。
世耕氏はその日、『よいお年を』は今回の定例記者会見が今年最後になるかもしれないという意味で言ったのだとツイッターに投稿しました。翌11日の放送で、世耕氏の発言は『桜を見る会』とは直接関係のない発言であったと番組の富川悠太キャスターが謝罪しています。
2017年7月に安倍晋三首相(当時)が発した『こんな人たちに負けるわけにいかない』発言もその一例だと思います。JR秋葉原駅前で都議選期間中、初めてとなる街頭演説に立った安倍氏に対して、一部の聴衆から『帰れ』コールが巻き起こり、安倍氏はやじを飛ばす聴衆を指さして『こんな人たちに私たちは負けるわけにはいかない』と反論したのです。
妨害を組織的に行う集団に対して『負けない』と言ったはずが、メディアの操作によって『自分に反対する人たちには負けない』とねじ曲げられたと支持者は批判しました。ただ、この件にはさまざまな記事やコメントがネットに投稿されており、『帰れ』などのやじを飛ばしたのは組織的なグループだけではなく、聴衆の大部分だったとか、『総理たる者はたとえ一部であっても、自分に反対する人たちをこんな人たちと決めつけてはいけない』というような意見もありました」
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