オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

「菅さんはパンケーキ好き」 総裁候補のプライベート、報道する意味はある?

選挙のたびに、政治家のプライベートに焦点を当てた報道が目立ちます。マスコミ各社が、政治家のプライベートを積極的に報じる意味はあるのでしょうか。

(左から)岸田文雄氏、菅義偉氏、石破茂氏(2020年9月、時事)
(左から)岸田文雄氏、菅義偉氏、石破茂氏(2020年9月、時事)

 安倍晋三首相の辞任表明に伴う自民党総裁選が9月14日、投開票されます。各候補について「菅さんは苦労人でパンケーキが好き」「石破さんは歯科医と理髪店が息抜きの場」「岸田さんは大のカープファン」など、プライベートに焦点を当てた報道が目立ち、まるで人気芸能人のような扱いです。こうした状況について、ネット上では「ニュースは娯楽ではない」「各候補者の政策をしっかり報道して」「こんなことに時間を割く必要はない」「これほど幼稚な報道は日本だけ」など、厳しい意見が寄せられています。

 次期総裁候補のプライベートを積極的に報じる意味はあるのでしょうか。また、マスコミが政治家に関するニュースを報じる際、どのようなことを心掛けるべきなのでしょうか。報道番組の制作にも詳しい広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。

総裁選に対する注目喚起

Q.党員投票が行われず、菅義偉氏の当選が確実視されている中で、マスコミ各社が自民党の次期総裁候補を積極的に報道する意味はあるのでしょうか。

山口さん「積極的に報道する意味は大いにあります。現状では、次期総裁が内閣総理大臣に指名されるのは確実です。内閣総理大臣には、内閣のメンバーを決め、重要政策を決定し、外交を行い、国民の安全を守る仕事が課せられています。私たち国民一人一人の生活に直接、大きな影響を与える人物の選挙です。

今回は党員投票が行われず、自民党各派閥の動きが菅さんの勝利を確実にしているともいわれていますが、それならばなおさら、国民のリーダーを選ぶ選挙として、これがあるべき姿なのかどうかも含めて、マスコミ各社が積極的に報道することは必要だと思います」

Q.次期総裁候補について、政策よりもプライベートに焦点を当てた報道が目立つように思いますが、なぜでしょうか。そのような報道を続けることのメリット、デメリットは。

山口さん「9月8日の告示と候補者届け出受け付け、所見発表演説会までは、プライベートに焦点を当てた報道が目立ったように思いますが、これはある程度は仕方ないことだと思います。所見発表演説会やその後の共同記者会見以前に、各候補の政策に焦点を当てた番組を制作する場合、どうしても臆測に基づく部分が多くなってしまうためです。マスコミにとって、正式に政策が発表されるまでは、政策の報道は扱いが難しいテーマなのです。

プライベートに焦点を当てた報道が多かったことの功罪ですが、『功』としては、総裁選に対する注目を喚起したという意味で大きな役割を果たしたと思います。これとは別に、政治家の倫理観、道徳観、性格、好き嫌い、趣味など、いわば人格と人間性は政策の執行や外交などに大きな影響を与えると思います。

卑近な例を挙げると、安倍首相とトランプ大統領の蜜月の理由の一つが、共通の趣味であるゴルフだったといわれます。プライベートライフの報道は日本のリーダーを選ぶ際、政策と共に必要不可欠だと私は思います。

一方、『罪』としては、プライベートに焦点を当てた報道は国民の感情に訴える点が大きいことです。菅さんは『苦労人でパンケーキが好物』、岸田さんは『カープが大好きな酒豪』、石破さんは『戦艦とアイドルのオタク』というような報道もありました。そのため、同様な経験や趣味を持つ人には、政策よりも強く心を動かされる報道となるのではないかと思います」

Q.それでは、テレビや新聞の報道次第で、総裁候補者の印象が百八十度変わることはありますか。

山口さん「あり得ると思います。ある学者は、政治家に関する『世論』の正体は政策本位の評価ではなく、マスコミなどを通しての印象に左右される感情的判断だと指摘しています。安倍首相の辞任発表で、内閣支持率がおよそ21ポイントも急上昇したという共同通信社の世論調査には驚きました。学者が指摘する通り、『長い間お疲れさまでした』や『病気が辞任の理由であることに対する同情』など、感情面が強く反映された結果だと思います。

日本の次期リーダーに関する報道についても、政策の中身より感情に訴えるプライベートな報道の方が時には影響が大きく、候補者の印象を百八十度変えてしまうことも起こり得ると思います」

Q.今回の自民党の総裁選に限らず、マスコミが政治家や選挙の候補者に関するニュースを報じる際に心掛けるべきことはありますか。

山口さん「マスコミはできる限り『中立』の立場で『公平』な報道をするよう期待されていると思います。実際、私が番組制作に携わっていた頃、『真実を尊重し、正確を心掛け、公正な取材を行い、対立候補がいる選挙戦などを取材する場合は、中立と公平を順守すること』と教えられました。しかし、この『中立』と『公平』に対する過度な期待は、日本の報道に悪い影響をもたらしている点もあるのではないかと思います。

パリに本部をおく国際NGO『国境なき記者団』が4月に発表した2020年の『報道の自由度ランキング』によれば、調査対象の180カ国・地域のうち、日本は66位で、主要7カ国(G7)の中で最下位でした。『中立』と『公平』をあまりにも強く期待する国民の声は自由闊達(かったつ)な報道を阻害し、画一的な報道をもたらす原因の一つになっているのではないかと思います。

マスコミ各社には『中立』と『公平』を念頭に置きながら、同時に、独自の主張や分析を打ち出す報道を行うという難しい課題が求められているのだと思います」

Q.マスコミの政治報道について、視聴者の側が気を付けるべきことはありますか。

山口さん「プライベートに関する報道であれ、政策論争であれ、印象や感情に流されることなく、冷静に中身を吟味することが大切だと思います。そのためには、日頃から政治や政治家に関する報道に注意を払い続けることが必要です。『言うはやすく行うは難し』ですが、国民としての権利を主張するなら、政治や政治家の行動を監視するという国民の義務も果たさなければいけないと思います」

(オトナンサー編集部)

山口明雄(やまぐち・あきお)

広報コンサルタント

東京外国語大学を卒業後、NHKに入局。日本マクドネル・ダグラスで広報・宣伝マネージャーを務め、ヒル・アンド・ノウルトン・ジャパンで日本支社長、オズマピーアールで取締役副社長を務める。現在はアクセスイーストで国内外の企業に広報サービスを提供している。専門は、企業の不祥事・事故・事件の対応と、発生に伴う謝罪会見などのメディア対応、企業PR記者会見など。アクセスイースト(http://www.accesseast.jp/)。

コメント