オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

ついつい…箸を“橋”のように食器に置く「渡し箸」、なぜNG?

箸を皿や茶わんなどの食器の上に“橋”のように置く「渡し箸」は、箸の作法としては禁止されています。なぜでしょうか。

「渡し箸」はなぜだめ?
「渡し箸」はなぜだめ?

 親しい同僚と昼ご飯に出掛けたときや友人・家族とご飯を食べたときなどは、食事だけではなく会話も楽しむものです。そうした会話中、手に持つ箸を目の前にある皿や茶わんなどの食器の上に“橋”のように置いた経験がある人も多いでしょう。これを「渡し箸」と呼ぶのですが、実は箸の作法としては禁止されているといわれています。

 しかし、例えば、箸と箸で食べ物をやりとりする「箸渡し」が「火葬の後、死者の骨を拾うときと同じ動作なので縁起が悪い」というように明確な理由がある場合は納得できますが、渡し箸は禁止の理由が分かりません。なぜ、渡し箸をしてはいけないのでしょうか。和文化研究家で日本礼法教授の齊木由香さんに聞きました。

室町時代の武家作法が由来

Q.箸の作法にはさまざまなものがありますが、いつごろ、誰が決めたものなのでしょうか。

齊木さん「箸の作法の起源には諸説ありますが、室町時代に武家作法から確立された、一つ一つの膳に料理をのせて出す形式の『本膳料理』に由来するものと私は考えています。

本膳料理は、箸の使い方やおわんの持ち方などの作法が細かく定められ、食事を取るという行為に儀式的な意味合いを強く持たせていることが特徴であり、格式の高いものです。このときに形成された礼法の流派から生まれた箸の使い方が、現在に受け継がれる箸の作法になったと考えられます。

そして、江戸時代に入ると、武家の作法に精通した伊勢貞丈が執筆した、箸の使い方など武家のしきたりをまとめた『貞丈雑記』が出版され、一般庶民にも箸の作法が広く伝わっていきました。『貞丈雑記』では例えば、『みにくき』箸の使い方として、現代でいう『迷い箸』『ねぶり箸』などを挙げています」

Q.渡し箸は、箸の作法としては禁止されているのでしょうか。禁止されている場合、なぜ渡し箸をしてはいけないのですか。

齊木さん「渡し箸は、箸の作法として不作法とされています。『貞丈雑記』には、正式な場では『箸の台』、つまり、現代の箸置きに相当する台に箸を置くべきであると書かれています。箸の作法では箸置きが用意されていることが前提とされており、それがあるにもかかわらず、箸置きを使用しないのは不作法になるのです。

また、武家の作法を記した室町時代の『今川大双紙』には、『汁碗(しるわん)の上に箸を置事(置くこと)努々(ゆめゆめ)あるべからず』とあります。なお、例外として、曹洞宗の修行中の食事では、渡し箸が認められているようです」

Q.箸置きがあることが前提とのことですが、一般的な飲食店や家庭の日常的な食事では、箸置きが用意されることは少ないです。会話をするときや食事の合間に箸を置きたいとき、箸置きがなければどうすればよいのでしょうか。

齊木さん「箸置きがない場合は、3つの方法があります。1つ目は、飲食店などで箸袋に箸が入っている場合、箸袋を折って簡易的な箸置きを作ることです。

2つ目は、縁(ふち)付きの四角いお盆である折敷(おしき)や、円形のお盆にのせて食事が出された場合、お盆の左端を箸置きと見立てて、箸先を掛けておくことです。食べ終わったら、折敷やお盆の手前に箸を掛け落とすことで、食事が終了したという合図になります。『貞丈雑記』にも、正式な場以外での作法として、箸をお膳の縁に掛けることが書かれています。

3つ目は、箸袋もお膳もない場合で、小皿や取り皿に箸の先端を掛けておくことで箸置きの代わりにします。共通していることは、膳やテーブルの上に、箸先が左に来るよう横向きに置くことです。和食では、口をつけた部分を相手に向けておくのは失礼になるため、縦にお箸を置くことはタブーとされています」

Q.「箸先を左に向けて置く」とのことですが、これは左利きの人も、そのようにすべきでしょうか。

齊木さん「箸の正式な作法は『右利き』が基本となっています。和食では、食事の盛り付けやお皿の配置も全て右利きの人が食べやすいように決められており、左利きの人に対する正しいマナーというのは、存在しないのが現状です。

そのため、基本的には箸を右手で持つのが前提となっており、『箸先を左に向けて置く』ことが原則です。しかし、左利きの人の場合は、箸先を右に向けた方が箸を上げ下げする際、体の動きに即した無理のない動作になります。その場にいる人が不快にならないようであれば、臨機応変に対応することも可能でしょう」

Q.「刺し箸」「寄せ箸」「迷い箸」など、見ていて気持ちのよくない箸の使い方はやめるべきですが、一方で、細かく箸の作法を規定しすぎるのも息苦しいように思います。箸の作法は、昔からの決められたものを厳密に守っていくべきでしょうか。あるいは、時代に合わせて変えていくこともありでしょうか。

齊木さん「古来、日本人は『全てのものに命が宿る』と考えてきました。箸を介して、命あるものをいただいているという感謝の気持ちを持つことで、日本人は独自の箸文化を形成してきたのです。こうした意味から、箸の作法には、命(食べ物)を敬う心や、食事を共にする相手に不快な思いをさせないという思いが込められています。こうした精神にのっとった作法を受け継ぐことは、重要なことだと考えます。

しかし、箸の作法が厳密に定められた頃に比べ、現在では食べ物の提供の仕方も変化しています。以前からのマナーが絶対かといいますと、時代の生活様式に合わせて変化していくべきこともあるでしょう。作法は、食の場を共にする人が不快な思いをしないことが前提ですので、古典的な意味や作法を継承しつつ、時代に合わせて変化していくことで、より豊かな食卓になるのではないでしょうか」

Q.箸の作法は家庭で教えるものという考えが一般的ですが、最近の若い親は箸の作法をよく知らないことも多いと思います。箸の作法を子どもに教えるとき、どのように調べ、どのように教えればよいのでしょうか。

齊木さん「子どもは親の姿を見て育つため、まずは親が出版物やネットの記事、動画で学び、正しい持ち方や食べ方を実践することが大切だと思います。まずは親が自ら正しい箸の作法を身に付けなければ、子どもに教えることはできません。

身に付けた上で子どもに教えるのですが、ポイントは厳しくし過ぎないことです。『それは違う!』と叱るのではなく、優しく間違いを指摘してあげて、子どもが正しい箸使いをした際には『上手に口へ運べたね』と声を掛けましょう。『正しく箸が使えることで、食事もおいしく食べられて楽しい』と子どもに思わせることが大切です。

作法というのは『同じ時間、同じ空間を共有する者同士がお互いに不快な思いをさせないように』という気遣いを目的にしたものです。与えられた環境の中で、形式だけではなく、『こんな箸使いをしたら、すてきよね』『周りの人は不快よね』と周囲への配慮をうかがわせ、箸の作法を通して心も育むことができたら、楽しく学べ、すてきな親子関係が築けるのではないでしょうか」

(オトナンサー編集部)

齊木由香(さいき・ゆか)

日本礼法教授、和文化研究家、着付師

旧酒蔵家出身で、幼少期から「新年のあいさつ」などの年間行事で和装を着用し、着物に親しむ。大妻女子大学で着物を生地から製作するなど、日本文化における衣食住について研究。2002年に芸能プロダクションによる約4000人のオーディションを勝ち抜き、テレビドラマやCM、映画などに多数出演。ドラマで和装を着用した経験を生かし“魅せる着物”を提案する。保有資格は「民族衣装文化普及協会認定着物着付師範」「日本礼法教授」「食生活アドバイザー」「秘書検定1級」「英語検定2級」など。オフィシャルブログ(http://ameblo.jp/yukasaiki)。

コメント