被告の「訴状が届いていないのでコメントできない」、本当に届いてない? 沈黙の意味は?
役所や企業が民事訴訟を起こされたとき、マスコミの取材に「訴状が届いていないのでコメントできない」とだけ回答するのが定番です。本当に届いていないのでしょうか。

役所や企業が損害賠償などを巡る民事訴訟を起こされたとき、マスコミから取材されると、「訴状が届いていないのでコメントできない」とだけ回答するのが定番です。
こう回答する際、訴状は本当に届いていないのでしょうか。それとも「テンプレート回答」をしているのでしょうか。仮に届いていないとしても、自分たちの主張をすることは可能なのになぜ、口をつぐむのでしょうか。
広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。
訴状到着は数週間後
Q.民事訴訟で訴えられた側が「訴状が届いていないのでコメントできない」と話す場合、実際に届いていないのでしょうか。それとも、定番となった回答をしているのでしょうか。
山口さん「訴えられた側(被告側)がマスコミから、提訴に関するコメントを求められた時点で、訴状を実際に受け取っていることはまずありません。
訴える側(原告側)が、提訴したことを世に知ってもらいたい場合、訴状を裁判所に提出した後、間を置かずに記者発表をすることが多いです。このタイミングが、ニュースとなる可能性が一番高いからです。
しかし、裁判所は訴状を受け取った後、審査をしてから被告に送達します。被告に届くのは訴状の提出から数週間後です。マスコミからの取材で、訴訟の事実を初めて知る被告側も少なくないのです」
Q.裁判に至るまでには通常、何らかのトラブルがあり、当事者間でやりとりがあった末に話がまとまらず、片方が裁判所に訴えるというケースが多いと思います。仮に訴状が届いていないとしても、トラブルの内容が分かっていれば、自分たちの側の主張をすることはできると思うのですが、なぜ何も言わないのでしょうか。
山口さん「1つ目の理由は、マスコミを通して反論したり議論したりすれば、ニュースが必然的に大きくなっていくので、それを避けたいという思いが被告側にあるのだと思います。
2つ目は、裁判への影響が懸念されるからです。例えば、原告側をさらに刺激し、かたくなにするかもしれません。また、法廷での戦略を明かしてしまうことになる可能性もあります。
3つ目は、原告が訴状で何を求めているかは実際のところ、訴状を読まない限り詳細は分かりません。想像でコメントするのは得策ではありません」
Q.「訴状が届いていないのでコメントできない」とだけ報道されると、「紋切り型の対応」と取られて、印象が悪くなる可能性もあります。訴状が届いていないことを前提に、考えうる対応はあるでしょうか。
山口さん「ケース・バイ・ケースですが、定番回答に付け加えることで、いんぎん無礼な印象を薄められそうな文言はあると思います。例えば、『突然提訴されて戸惑っています』『相手方が求めていることは現時点で分かりませんが、引き続き話し合いを行いたいと思います』などです。
ちなみに、『訴状が届いていない』ではなく、『訴状を見ていないのでコメントできない』は『届いているけど、まだ見ていない』と読者や視聴者に誤解され、『提訴は一大事だろう? さっさと読めよ』『読んだくせに、あんなこと言っている』などと思われたり、勘繰られたりするかもしれません。この文言は使わない方が賢明です。
『訴訟された』というニュースがもたらすかもしれないイメージダウンに直接対応する広報活動には、思い当たる事例がありません。SNSなどを通して主張し、世論を味方につけようとする戦略もあるかもしれません。
しかし、提訴されると、決着がつくのは法廷です。炎上を招くかもしれない活動をするよりは、裁判に専念した方がよいと私は思います」
Q.実際に訴状が届いた段階で内容を把握し、自分たちの主張を発表することもできるはずですが、極めてまれだと思います。なぜでしょうか。
山口さん「『提訴後の記者会見』とネット検索すると、数えきれないほど事例が出てきます。しかし、それらは原告側が開いたもので、被告が反論のために開催した記者会見の事例は、見つかりませんでした。あるのかもしれませんが、広く報道されたり、ネットに上がったりはしないようです。
一方、提訴発表の原告側の記者会見を巡って、原告が被告に名誉毀損(きそん)で提訴され、敗訴した事例を見つけました。なぜ提訴したのか、広く国民に知ってほしいとの願いから記者会見を行う原告も多いと思いますが、行き過ぎると、名誉毀損で提訴されるかもしれません。
一方の被告の側が積極的に反論しない理由の一つは、反論会見を開くことで報道が過熱して、イメージダウンを食い止めることには必ずしもつながらないとの判断もあると思われます」
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