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東日本大震災、雄勝病院の悲劇から6年~そして慰霊碑は残った~【前編】

寒さに耐え、眠らないように掛け合った言葉

 目の前の防潮堤から海水があふれるように流れてきたのは、その直後のことです。津波は駐車場の車を流し始め、瞬く間に1階が水没し、すぐに2階も。入院患者は1人を除き、自力歩行できません。職員らはシーツの4角を握って患者を屋上へ避難させようとしていました。

「屋上に逃げろ!」

 副院長の言葉に、全員が屋上へと駆け上がります。それでも薬剤科部長ら4人は患者を運び上げようとしました。その患者を屋上に引き上げたとほぼ同時に、津波が屋上をのみ込んだのです。薬剤科部長はそこに横たわる患者の耳元で、こう叫びました。

「ごめんねえ、ごめんねえ!」

 次の瞬間、彼は黒い濁流にのみ込まれていったのです。

 職員たちは津波にのまれながら、流されてきた漁船や屋根に乗り移ろうとしました。白衣を着た何人もの看護師が、引きずられるように波間に消えていく光景を、すぐ裏山に避難していた近所の住人が目撃しています。屋根にはい上がったり、漂流物にしがみついたりした職員たちは、ジェットコースターのような引き波に翻弄(ほんろう)され、冷たい海原を漂流することになりました。

 同じ屋根につかまった女性職員2人は、流されてきた漁船に乗り移り、抱き合って励まし合いながら寒さに耐えていました。二人とも幼い子供と夫がいます。家族のことを思い浮かべながら、眠らないように言葉を掛け合いました。しかし、1人の意識がだんだんと薄れていきました。

 翌朝、沖に避難していた漁船に救助されて生還したのは1人だけ。ヘリコプターに救助された男性職員もいます。近づいてきた岸壁まで泳いで助かった看護助手もいます。

 助かった4人以外は、海にのまれたか、しがみついた屋根や漁船の上で亡くなりました。最後まで患者を助けようとした薬剤科部長も、漁船の上で亡くなったのです。

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