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みのもんた、レギュラーゼロへ “しゃべり”でお茶の間を魅了し続けた男の軌跡

みのもんたさんが「秘密のケンミンSHOW」の司会を今年3月で降板し、レギュラー番組がゼロへ。「午後は○○おもいッきりテレビ」などで一時代を築いた彼が支持され続けた理由とは。

みのもんたさん(2014年10月、時事)
みのもんたさん(2014年10月、時事)

 タレントのみのもんたさんが、読売テレビ・日本テレビ系バラエティー「秘密のケンミンSHOW」の司会を今年3月で降板。レギュラー番組がゼロになります。

「午後は○○おもいッきりテレビ」(日本テレビ系)、「クイズ$ミリオネア」(フジテレビ系)、「朝ズバッ!」(TBS系)など多数のテレビ番組で司会やナレーションを務め、全盛期は16本ものレギュラー番組を担当。

 2006年には「1週間で最も多く生番組に出演する司会者」としてギネス世界記録を樹立しますが、その後、セクハラ疑惑や次男の不祥事があり失速、「秘密のケンミンSHOW」が唯一のレギュラーでしたが、「テンポについていけなくなった」ことを理由に降板を決意した、との報道もあります。

 これまで、みのさんが広範に支持され続けてきた理由について、コラムニストでテレビ解説者の木村隆志さんに聞きました。

“近所のおじさん”のような親近感

 木村さんは、「1980~90年代は、司会者には“しゃべり”で番組を勢いづけることが求められ、トーク力が評価されるようになった時代でした。それ以前は、大橋巨泉さんや関口宏さんのようなどっしりと構えて威厳のある司会者が多かった」とし、当時のテレビ業界について次のように指摘します。

「司会業を任されていた芸人は、タモリさん、ビートたけしさん、明石家さんまさんくらいで、今ほど多くありません。ダウンタウンやとんねるずなどは、テレビに出てきたばかりの頃でした。そんな中で、みのさんは古舘伊知郎さんとともに、しゃべりの量が圧倒的に多く、また、中高年層に向けた話ができる人でした。当時はその後のような大物司会者っぽさがなく、近所のおじさんのような庶民的な印象で親近感もありました」

「実際にお会いしたこともありますが、テレビの印象と全然変わらない、裏表のない方。よくしゃべるのも、お調子者に見えるのも、周囲への気遣いからでしょう」

 みのさんの“代名詞”とも言える番組が「おもいッきりテレビ」。

「みのさんの魅力が特に引き出されていました。例えば、今では恵俊彰さんもそうですが、みのさんは当時から目線を低くして、視聴者と一緒にさまざまなテーマを考える立場を取っていたのです」

 視聴者から、生電話で相談を受ける番組内の名物コーナー「おもいッきり生電話」も、みのさんの人柄が際立つものでした。

「『おもいッきりテレビ』が放送される前の同時間帯には、小堺一機さんMCの『ライオンのいただきます』(フジテレビ系)に人生相談コーナーがありましたが、小堺さんは司会に徹し、自分の意見を述べることは一切ありませんでした。芸能人は自分の考えを明かさないことが当時の“普通”だったのです。

その点、みのさんは文化放送のアナウンサー出身でラジオらしい人情味のあるやりとりがウケました。当事者になったように悩み、自分の意見も言う。相談者の背中を押すこともあれば、毒を吐くこともでき、甘い考えの相談者にはピシャリと言う爽快感もありました。サラリーマン経験もあり、長いキャリアで地道に活動してきたイメージもありますので、みのさんの意見は聞きやすかったのです」

 2010年代には、スキャンダルで世間を騒がせたこともありましたが、「もちろん、時代も違えば、それぞれ支持されている部分も異なりますが、みのさんのこれまでの活躍は、宮根誠司さんや羽鳥慎一さんら司会業で活躍するアナウンサーにとっては一つの道しるべとなったはずです」。

(オトナンサー編集部)

木村隆志(きむら・たかし)

コラムニスト、テレビ解説者

雑誌やウェブに月間20本強のコラムを提供するほか、「週刊フジテレビ批評」などに出演し、各局のスタッフに情報提供も行っている。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもあり、新番組と連ドラはすべて視聴するなど1日のテレビ視聴は20時間超(同時含む)。著書に「トップ・インタビュアーの『聴き技』84」「話しかけなくていい!会話術」など。

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